第六十五話 ★武:三人組と笛の声
◇【那婆理之稲置武】視点◇
せまい竪穴のなか、
我に、場の視線が集まる。
口を動かすのは、性に合わぬ。
野山で獣を追い駆けまわるほうが、
幾分も気楽なものだ。
が、あの戦を語るのならば。
まずは、我から話すしかないだろう。
――――――――――
「名張の川では三野と戦うな、
……そう、イミナから言われていた」
我は、静かに話を切りだした。
「我には、面白くない話だがな」
自嘲のあまり、おのずと口の端が歪む。
「面白くないとは……?」
三輪の若造が声をあげた。
「敵と対峙して逃げるなど性に合わん」
「だろうな」
イワホコが噴き出すように笑っていた。
「だが、逃げてみせねば、
名張が滅ぶとまで言われたならば……」
「致しかたあるまい」
その言葉に、場が、しんと静まり返った。
――――――――――
「あの日、名張に侵攻してきた兵、
その数は百――」
名張から見れば大軍だ。
「その先頭には、アラカがいた」
太い腕に槍を担ぎ、
我を、真っ直ぐ見据えてくる。
「あれは、強い男だ」
三野之荒鹿。
三野では「武の爪」と呼ばれ、慕われた猛者。
これからの三野を率いるはずだった男。
「正面からぶつかって、
どうにかなる相手ではない……」
認めるしかない。
兵の数も、質も、相手が上だった。
「だから、我らを弱く見せる……、
その必要があると、そこの童が言ったのだ」
あえて視線を向けて威嚇するが、
イミナは笑顔を浮かべて、しれっと軽く受け流す。
こいつ、本当に、モノノ怪の類ではないのか。
――――――――――
「まず、我らは名張の川で十本の矢を射た。
手傷を負わせることもできぬ、軟弱な矢をな」
普通の矢は敵を怯ませ、倒すために射る。
だが、あの十本は違った。
三野の盾に弾かれるため、あえて、射たのだ。
名張は、この程度だ――
そう、相手に信じ込ませるために。
「そこから、アラカは我だけを見始めた。
我を折れば名張が折れると……」
それは間違いではない。
実際、正しい判断ともいえよう。
正しいがゆえに、
三野は、兵を割らざる得なかったのだ。
――――――――――
「それから、名張の丘まで退き、
アラカを待ち伏せた」
イミナに倣って、
我も、土の上に小枝で線を引いてみせる。
川、丘、その奥に繋がる山。
「我が隊が十、シラガの隊が十、
イワホコの隊が十……」
地に、小さな円を描いていく。
「我ら那婆理は、アラカを引き寄せる餌だ。
常に背中の見える程度に駆けた」
早すぎず、遅すぎず。
「これは、那婆理の民にしかできぬだろう。
名張を誰よりも深く知るからな……」
あの日、あの山の匂いが、
今でも鼻の奥には残っている。
湿った土。
踏みしめられた草。
木々の陰に潜む、仲間の気配。
「しかし……」
三輪の若造は、戸惑いの表情を浮かべた。
「いかに土地に慣れているとはいえ、
暗い山中、はぐれる者が出てくるでしょう」
「分かっているではないか、その通りだ」
この若造、マヒト……と言ったか。
存外、山育ちの筋の男なのかもしれんな。
「そこで、名張の三人組と……笛だ……」
「三人組と……笛……」
囲炉裏の火が、ぱちりと鳴った。
――――――――――
「戦の基本は『伍』を組むことだが、
我らは、さらに細かい『三』を基本とした」
指を、三本立てる。
「一人が前を見て駆け、一人が仲間を見て繋ぎ、
一人が後ろの敵を見て警戒する」
「ですが、三人組では数で伍に劣ります。
勝てる理がありません」
マヒトは、前のめりになって聞いてくる。
なかなか熱い男ではないか。
「だから、一人の指導者につき、
三人組を、三つ率いて動かしたのだ」
我と、シラガと、イワホコ。
それぞれが、三つの三人組を率いた。
「三人組を三つ揃えれば、九になる。
それなら、伍に勝てるのは道理ですが……」
マヒトの声が、かすかに震えた。
「一瞬で集まり敵を刺し、一瞬で散り森に身を隠す。
そのような人間離れした業を皆がしたと?」
「そこで笛だ」
我は続けた。
「我の竹笛、シラガの骨笛、イワホコの石笛。
それらの音は全てが微妙に違う」
名張では、あらゆる生活の場に使われ、
あたりまえになった笛の音。
「だが、三野は、それを聞き分けれない」
なにか音が違う程度に、
気付く者は、いたかもしれないがな。
「名張の三人組は、それぞれの音に集まり、
その音で散っていたのだ」
あの笛の音は、敵を脅すためのものではない。
「森を駆ける時、はぐれても良いのだ、
また、笛の下に集まればいいだけなのだから」
笛の音は、名張を繋ぐ声なのだ。
「我らは日常……狩りに、畑や、木を運ぶ時から、
三人組で動き、笛に従い動いてきた」
「それほどの高度な訓練が、
日常の中に溶け込んでいたとは……」
三輪のオシが、低く呟いた。
――――――――――
「そして、最後に……」
今でも、目を閉じると、
あの時の光景が浮かび上がる。
ずたぼろになりながらも、
必死に、森を抜け出してきた三野之荒鹿。
「満身創痍になりながらも槍を振るう、
アラカは、最期まで見事な武の爪だったぞ」
アラカは強かった。
だから、命を落としたのだ――
三野が弱ければ、あるいは互角程度ならば、
迂闊に森へ立ち入ることをしなかっただろう。
全軍を割っても勝てるほどの余裕があった。
だからこそ、我らを追ったのだ。
勝てるはずという思い込みが、
奴らの首を絞めたのだ。
それが、この戦の本質だろう。
――――――――――
「我からは、以上だ」
「ありがとうございます。
では、次は……」
イミナの言葉に。
「うおっほん」
小さな咳ばらいが、ひとつ。
「わしから、あの夜の三人組と、
その全体の動きについて話そうかの……」
皆の視線が、名張臣白髪に集まった。
「次の話は部隊編成について、ですね」
名張の童が、また、
よくわからない言葉を口にしていたが。
そのような細かいことを気にする者は、
もう、どこにもいなかった。




