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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:二章】人里の村

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第七話 火が、病をはらう

「……わかった……ついてこい」


 イワホコが石斧を地に突き、重い体躯を持ち上げた。


 俺たちに背を向け、

 よろめく足で、軋む橋を渡り始める。


 その背中は、今にも崩れ落ちそうなほど重く、

 年老いた木のように軋んでいた。



 動いてくれた――

 信じてくれたわけではないのだろう。


 他に選択肢がないという、

 深い絶望が、この男を突き動かしたのだ。



「いこう、イミコ」


 俺は、イミコに手を伸ばす。


「……に、にぃに……むら、はいっても、いいの……?」


 イミコは、目をぱちくりとさせた。


 生まれてから一度も足を踏み入れることを許されなかった村。


 穢れの忌み子として遠ざけられてきた場所に、

 今、招かれようとしている。


「ああ、一緒に行こう」


 イミコの手を、しっかりと握り返す。


「……ありがと、イワのおじさん……」


「……ふんっ」


 イワホコは小さく鼻を鳴らして、

 そのまま、歩き続けた。



――――――――――


 イワホコの後ろを歩きながら、

 俺は、ぐるりと集落を観察してまわる。


 家の数は、三十に満たない程度。

 人の数にすれば、百に届かないといったところ。


 どの家も、地面を浅く掘り下げた竪穴たてあなに、

 枯れ草の屋根を直接被せた粗末な造りだ。


 周囲には深い溝が掘られ、

 先を尖らせた丸太の柵が巡らせてある。



(いつの時代の集落だ、これ……)


 縄文、弥生……古墳時代――


 情報が少なすぎて断定はできないが、

 とにかく、想像を超えるほどの古い時代だろう。


 そんなことを考えてると、

 尋常じゃない異臭が、鼻を突いた――


 排泄物と、腐敗の混じった強烈な死の臭い。



「……にぃに、あれ……」


 イミコが、心配そうに指をさす。


 草屋根の家々の前に、

 幾人もの男たちが力なく横たわっていた。


 顔に掘られた刺青いれずみは、

 それぞれの身分や役割を示すものだろう。


 だが、誇り高きその模様も、

 今は脂汗にまみれ、病の土気色に沈んでいる。



 穢れは、完全に村全体を飲み込んでいた。


 上流で汚れた水を飲み、

 その排泄物を、また川へ流す。


 逃げ場のない死の連鎖のことわりだ。



――――――――――


「……あ、あぁ……」


 すぐ傍の、一軒の家の前。


 母親らしき女が、

 小さな子供を抱きかかえてうずくまっていた。


 その子供の目は落ち窪み、

 肌は、乾燥した土のようにひび割れている。


 強烈な渇きの病――


 このままでは、先は長くないだろう。



「あの……」


「……ひいっ……よ、寄らないで……っ!」


 女が、怯えた獣のように、子供を抱く腕に力を込める。


「……不浄ふじょうの子らが、

 ……これ以上、呪いを……まき散らすな!」


 うつろな瞳が、俺たちを睨みつけてきた。


 目に見えない病の種を、彼らは「呪い」と呼ぶ。


 山から下りてきた俺たちを、

 病の原因だと信じ込もうとしている。


 信仰が、命を遮っている――



 俺は母親の言葉を無視して、

 弱っている子供へ、一歩近づいた。


 その瞬間、反対方向から怒声が飛んでくる。


「……は、離れろっ……叩き殺すぞ……!」


 倒れ伏していた男たちが、

 次々と、ふらふらしながらも立ち上がる。


 手に棍棒を握り、

 ぐるりと俺たちを取り囲んだ。



「おい、やめとけ」


 イワホコの低い声が、その場を割る。


 石斧を杖代わりに突きながら、

 男たちの前に立ちふさがってくれていた。


「相手は子供だぞ……忌み子だろうと、な……」



「何を言ってんだ、イワホコ!」


「こいつらが村に入ってきたから、

 神様が、さらにお怒りになるんだろうが!」


「追い払え、今すぐ!

 忌みを、これ以上、村に引き込むな!」


 方々から、怒りと恐怖の混じった声が飛び交う。


(その理屈なら、俺たちが山に居た間は、

 この村は平和だったはずだが……)


 まあ、言っても届かないだろう――



「……うるさい」


 イワホコは、周りの男たちを一瞥いちべつする。


 それ以上の言葉はなかった。

 論じる体力も、言葉も、今の彼にはないのだろう。


 それでも、イワホコは動かなかった。


 棍棒を構える男たちと、

 俺たちの間に立ち塞がったまま。



 そのまま、しばらく

 あたりの空気が張り詰める中――


 その脇を、小さな影がするりと通り抜けた。


 イミコだ。


 男たちの隙間を縫うように、迷いなく一直線に。


「……いたいの……どこ……?」


 母に抱かれた子供の頬へ、

 イミコの手が、そっと添えられた。


 不浄の象徴とされた少女。

 その瞳には、周囲の威圧など映っていない。


 ただ、自分と同じように死を待つだけの子供への、

 深く純粋な慈しみだけが、そこにあった。



「……にぃに……この子……死んじゃうの……?」


「させないよ……」


 そういうと、俺は大きく息を吸い込む。



「聞けぇ、皆の者」


 周囲の男たちへ向けて声を張った。

 多少、大げさに手を振り注目を集める。


「火の巫女みこ様が、

 不浄を焼き払う術を授けてくださるぞ!」


 ざわり、と空気が揺れた。



「……巫女だと……?」


「ただの、忌み子だろうが……!」


 棍棒を構えた男たちが声を荒げる。

 だが、その声には、恐怖の色が滲んでいた。


 年端もいかない子供に対して――


 それだけ「忌み」への恐れが、

 この村の骨の髄まで染み込んでいるのだろう。



「我らは不浄を知るがゆえに、不浄を殺す術が使える」


 臆することなく、

 俺は、イミコの首元の石を指差した。


「この石が、その証……、

 神は、泥の中からこそ清らかなる力を体現される」


 この村に必要なのは清らかな水だ。


 だが、そのことわりを説いても、

 今の彼らには届かない。


 彼らが動くのは「信仰」という名の力強い言葉だけなのだから。



「…………」


 男たちが言葉を詰まらせていた。


 力で押し込まれれば、

 幼い俺たちに抗う術はない。


 だが、言葉が届くなら、

 この場で遅れを取る気はしなかった。


 沈黙が、重く、場に垂れ込める。



 その沈黙を破ったのは――



「……み、こ、さま……ほんとに……?」


 病の子を抱いた母親が、

 すがるようにイミコを見上げていた。


 イミコの純粋な慈しみと――

 俺の冷えた計算が――


 イワホコに続き、

 今度は、この母親の心をも揺らした。



「……大きな土器と、水……それからまきを用意してください。

 その子は、家の中へ寝かせて」


「え、あ……あぁ……」


 男たちは互いに顔を合わせ、戸惑いながらも動き始めた。


 彼らとて、同じ村の子供を救いたいのだ。

 それだけは変わらない。


 絶望に沈んでいた村が、微かに震えた。



「行こう、イミコ」


「……うんっ……」


 病の子供が運ばれていく草屋根の小屋へ、

 俺たちも静かに足を踏み入れた。


 失敗すれば、ただでは済まされないだろう。


 それでも、

 今は、やるしかない。


 この村の不浄を、俺の手で焼き祓ってやる。


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― 新着の感想 ―
遅ればせながら読み始めました! 次のテーマは卑弥呼なんですね! 今回のあらすじもとんでもない吸引力で、わくわくがとまりません! あとこの後も読み進めたら私のサバイバル知識も増えそうで楽しみです!w 執…
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