第四話【弐】 土から繋がる命
俺は、石の刃を握り、軋む扉を押し開けると、
冷たい空気に肌を撫でられた。
小屋の外に広がる森は、
朝の冷気を、たっぷりと含んでいる。
湿った土の匂い。濡れた木肌。
枯れ草の擦れるかすかな音。
それらのすべてが生々しい世界を形作る。
見たことのない景色のはずが、
不思議と足は迷わない。
イミナの身体が、この山を覚えているのだろう。
だが、木の実は見当たらない。
冬を迎えた山では、獣たちが先に食い尽くしたのか。
枝先を見ても目ぼしいものはない。
時間が過ぎるにつれて、
じわじわと、飢えが、足元から這い上がってくる。
諦めるな、考えろ――
俺は、視線を下へ落とす。
枯れ草の絨毯、土のひび割れ、湿った落ち葉の堆積。
探すのは、
土の上じゃない。
土の下だ。
枯れ草の隙間、斜面の湿った場所、わずかに残る緑の気配。
しゃがみ込んで地面を這うように目を凝らす。
指先で土をなぞり、匂いを嗅ぐ。
葉の形、茎の立ち方、土の盛り上がり。
微かな変化も見逃さないよう、五感を研ぎ澄ます。
頭の中の知識と、この身体の土地勘が、
奇妙なくらい自然に噛み合っていくのを感じる。
まるで、最初から、
そうであったかのように――
――――――――――
「……あった」
石の刃で土を掘る。
硬く凍える土が、少しずつ崩れていく。
やわらかい土を掻き分けるように掘り進めると、
細い葉の根元から、白い球が姿を覗かせた。
そっと引き抜き、鼻先へ寄せる。
つん、とした刺激臭――
「……これは、たしか……ノビルだ……」
頭に流れ込んだ膨大な知識から情報を引き出す。
ネギに似た力強い草。
臭いは強いが、火を通せば甘みが出る。
弱った身体には、十分すぎるごちそうだ。
しかも、根ごと食える。
その場で何本か掘り出し、
俺は、折らないようにまとめて抱えた。
さらに周囲を見回す。
半日陰の湿った場所。
そこで、一枚の葉が目に止まる。
「これは、トウキの葉……?」
ぎざぎざした葉、
茎の感じも近い気がするが、
断定はしきれない――
葉を揉むと、かすかな香りが立った。
その瞬間、
身体の奥で何かが静かに頷いた。
イミナは、この草を食べたことがある。
飢えたときの経験として。
そして、やはりこの葉はトウキ。
血の巡りを助け、身体を温める類の草だった。
――――――――――
「にぃに!」
採集を終えて小屋に戻ると、
イミコの顔が、ぱっと、花が咲くように明るくなった。
「ひ、ちゃんと、まもったょ……!」
イミコが、満面の笑みで胸を張る。
その小さな瞳は誇らしげに輝いていた。
初めて与えられた「役割」を果たした喜びが、
その全身から溢れ出ているようだ。
「えらいぞ、イミコ。すごいな……」
俺は、そう言いながら、
抱えてきた草を囲炉裏のそばへ置く。
土草の匂いが、小屋に広がる。
「これ、食べられるの……?」
イミコが不思議そうに覗き込む。
泥のついた根っこ。
知らなければ、
食べ物には見えないだろう。
「火で焼くと、甘くて美味しいんだぞ」
「……あまぃ?」
イミコの目が、大きく見開かれる。
「手伝ってくれる?」
「……ぅん! やる!」
今朝までの不安そうな顔は、
もう、この小屋のどこにもなかった。
俺たちは、囲炉裏の前に並んでしゃがみ込み。
ノビルの泥を落としながら、
トウキの草は割れた器のそばへ分けて置いた。
「……それは焼かないの?」
「こっちは水に浸して、ゆっくり温めるんだ」
「……ふーん」
イミコは、俺の真似をして一生懸命に泥を洗い落とす。
小さな指が、冷たい泥の中で懸命に動く。
「まずは、ノビルからだ」
きれいに泥を落としたノビルを、
火に近づけて、その表面を軽く炙った。
食べるためというより、
まずは、泥臭さを飛ばして香りを立たせるため。
じゅっ、と水気が弾ける音。
皮の焦げる匂い。
それから、ネギのような甘い香りが、
ゆっくりと、小屋の中に立ちのぼりはじめた。
「……ゎ、わぁ……!」
イミコが瞳を輝かせる。
今朝まで死の気配に満ちていた小屋に、
今は、食べる匂いが満ちていた。
「……いいにおい……」
イミコが、焼けるノビルを、
じっと見つめながら、ぽつりと呟いた。
その声は、泣きそうなくらい、やわらかかった。
トウキや、ノビルは現代でも愛用される山菜の一種であり。
ともに「日本書紀」にも記載される古来より愛用された山菜となります。
どちらも現代では日本全土で愛用されてますので、
よろしければ、手短なところで調べてみてもらえたらさいわいです。




