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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:夏】七章「三野の名張侵攻」

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第五十九話 空に隠れる村

◇【三野之黒犬みののくろい】視点◇



「アラカの隊と連絡がつかないだと」


 報せを聞いた時、

 私は、名張の環濠を前にしていた。


 空はまだ明るいが、

 陽は、傾き始めていた。



 環濠の向こうには柵。

 閉じられた門。


 環濠の橋は、こちらで押さえている。

 名張の者どもは逃げられない。


 この戦は最初の想定通り、

 三野の、圧倒的な勝利に終わる。


 そう、思っていたところだった。



――――――――――


「何が起きたというのだ」


 アラカは、四十の兵を連れて山に向かった。


 名張の兵は、すべてを合わせても、

 三十は超えないだろう。


 その半分が丘に潜んでいたとしても、

 アラカが遅れを取るとは思えない。


 ましてや連絡が途絶えるほどの被害など。



「丘の方、妙に静かですね」


 ナトリが隣から声を掛けてくる。


「分かっている」


 先程まで風に乗って聞こえていた、

 けたたましい笛の音が、今は、もうない。


 アラカが名張の丘を制圧した。


 そう信じたいところだが――



「急がねばならんな……」


 私は、名張の村へ視線を戻す。


 環濠の隙間から見える村の内部には、

 人の気配があった。


 家々のあいだに松明の火。

 風に揺れる赤い旗。


 広場には、大きな火が燃え盛っていた。


 村から微かな物音は聞こえる。

 身を潜めて隠れているのだろうとはわかる。



 だが、具体的な声が聞こえなかった。


 怒声も、悲鳴も、子供の泣き声、

 犬の声すら聞こえてこない。



「名張の者ども、門を開けよ。

 我ら三野は抵抗せぬ者の命までは取らぬ」


 何度目かの呼びかけを行う。

 だが、返事はない。


 無駄な被害は出したくなかったが、

 ゆっくりしてもいられない。



「全員、俺に続け」


 私は弓を構え、矢を放つ。


 一本の矢が環濠の柵を超えて、

 放物線を描いて、名張の村の内側に落ちる。


 ビュン、と矢音が上がった。


 私に続き、弓を持つ者たちが、

 柵の内側へ矢を射かける。


 人を狙った矢ではない。


 村に隠れる者たちを動かすための矢だ。



 だが、悲鳴は上がらない。

 人影も逃げない。


 ただ、風に吹かれて、

 静かに布が揺れるだけだった。



――――――――――


 私は、環濠の向こうを睨みつける。



「なぜ、射返してこない……」


 アラカの隊を丘で止める力があるなら、

 なぜ、この門を守らない。


 名張の村に兵が居る、

 その前提が間違っているのだろうか。



「村を……村人を見捨てて、

 すべての兵を丘に潜ませたというのか?」


 ありえない。


 我ら氏族が守るのは村だ。

 その人たちであり、最後に畑と糧だ。


 どこかの戦場でちいさな勝利を得ても、

 肝心の村が落とされたら、なんの意味もない。



「兄上、このままでは、日が暮れます」


 ナトリが不安そうな声をあげる。


「仕方ない、村の門をこじあけるぞ」


 私の「伍」から五人が盾を前に出しながら、

 慎重に橋を渡っていく。


 普通なら、ここで矢が来る。


 門を破るため、橋の上で足を止める者など、

 射ち手にすれば恰好の的だ。


 だから、できるだけ三野の被害を減らすため、

 この力業を避けたかったのだが。


「矢が、来ませんね……」


 ナトリが、小さく呟いた。



「そうだな」


 矢が来ない、石も来ない、罵声すらない。

 それはありえないことだ。


 分かってきた。


 分かりたくないことが、分かってきた。


「正気か、こいつら……」


 名張の村は、すべての兵を丘に回したのだろう。

 この村を……村の者たちを見捨てて……。


 村を守らず、兵を、すべて丘へ。


 反吐が出る。


 そこまで、名張は落ちぶれていたのか。



「敵の抵抗はない」


 木を打つ音、石斧が、名張村の門を叩く。


 誰も守らぬ門を破ることなど、容易なものだ。



「全力で門を破れ、柵を壊せ、

 日暮れ前に中に入るぞ」


 めきり、と木が裂ける音が響き渡り、

 門の一部が内側へ落ちた。



「稲置の筋に名を連ねる者のすることか。

 名張の者ども、後悔させてやる」



――――――――――


「こ、これは……一体……」


 名張の村の中は、赤かった。


 夕陽に染まる赤、松明の火による赤。

 そして、広場の中央で燃える、大きな炎の赤。


 それは、誰もいない広場で、なお高く燃え盛っていた。




 火の周りに人影があった。


「そこの者達、抵抗しなければ命までは……」


 人影に近づいて、

 私は、その足を止める。


「なんだこれは」


 それは、人ではなかった。


 木の枝を組み、草を詰め、布をまとわせたもの。


 人の形をした、ただの人形だ。


 両手のように伸ばされた枝には、

 幾つもの松明が、くくりつけられている。


 首のあたりには、貝や、木片が吊るされていた。


 風が吹くたびに、かち、かち、と。

 まるで歯を鳴らして笑っているように、音を立てている。


「なんなんだこれは……」


 私は、思わず目の前の「それ」を蹴倒した。

 めきっと鈍い音をあげて、地に落ちる。



「探せ、家の中を見ろ、倉を見ろ」


 まさか、村を捨てたというのか。

 そこまでするというのか。


「いません!」


「こちらも、人の姿はありません!」


 そこまでするなら、それでいい。

 ならば、そのすべてを奪いつくすだけだ。


 人を逃がすことはできても、

 村の生命、倉に残した糧は持ち出せない。


 我らが、その命を賭しても村を守る理由を、

 知らぬわけではあるまい。



「あ、兄上……倉が……」


 ナトリが、名張の村の倉から出てきた。

 その顔は青ざめていた。


「思ったよりも少なかったか」


 病み上がりの寒村である。


 そういうこともあるだろう。


 だが、ここまで舐めた真似をされた以上、

 手心を与えるつもりはない。



「空です……種も、干し肉も、なにもありません……」


「なん、だと」


 腹の底が冷えた。


 そんなことがあるものか。


 村を捨てるにあたり、

 それぞれの持てる程度は持っていくだろう。


 だが、空というのはどういうことだ。



「兄上、こ、ここは、

 本当に名張の村なのですか?」


 ナトリは、不安げな表情を浮かべる。


「当たり前だろう、川筋も、環濠も、あの丘も、

 いまさら見誤るはずがない……」


 そう口にしながら、

 ふと、まわりを見渡してみる。



 広場で大きく燃え盛る、大きな火。


 村中に立ち並ぶ、人を模した異様な人形。


 これ見よがしに立てられた、見慣れぬ「隠」の印。

 その布が、風にたなびいている。



「これはなんだ……」


 場所はあっている、間違っているはずはない。

 ここは「名張の村」だった場所だ。


 だが、そこに兵がおらず、人がいなく、糧もない。


 これは、村といえるのだろうか。


 ならば、この間、

 私たちは何を囲んでいたというのだ。



――――――――――


 火のそばで、人形が揺れる。


 かち、かち、と、

 その胸に垂らした貝を鳴らしながら。


 ここに、何もかもがあるように見えて、

 ここに、名張はなかった。



 大きな風が吹き、巫女の火が揺れる。


 赤い夕暮れの中。


 風にはためく「隠」の模様だけが、

 不気味にたなびいていた。



 ここは、なんだ――


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