第五十五話 三野の荒鹿
「三野臣高彦さまは名張の村を案じておられる。
三輪の手から離し、三野の庇護へ戻してやると仰せだ」
庇護――
戻してやる――
三野之荒鹿の言葉は、
あきらかに名張の村を見下していた。
「三輪の者を村から追いだせ。
名張の隣にあるのは、三野のはずだろう」
アラカの主張は、一方的だった。
「それと、火の巫女を三野へ連れて来い。
シラガ、タケ、お前たちもだ」
名張の村の者たちを……、
イミコを、まるで己の道具のように言う。
腹の奥が冷えきるのを感じていた。
だが、まだだ。
ここで怒りを表に出してはいけない。
――――――――――
「名張は、三野と争うことを望みませぬ」
シラガが、アラカの前に立つ。
「されど、火の巫女をどこへ出すか、
それを、三野に命じられる筋はございませぬ」
「名張が、三野に筋を説くか」
アラカは、シラガの言葉を鼻で笑った。
「シラガは老いた、火の巫女に浮かれ、
童の知恵に村を預けている始末……」
「タケよ、お前が名張をまとめるなら、
タカヒコさまも悪いようにはせぬと仰せだ」
「……」
タケが、アラカに視線を向ける。
「おもしろい、三野が、名張に勝てたなら、
その下に俺がついてやってもいいぜ」
タケは不敵な笑みを浮かべる。
「言ったな、タケ」
アラカが声を弾ませた。
タケを三野に引き込むこと。
それも、今回のアラカの役目の、
ひとつなのかもしれない。
――――――――――
「お前が、火の巫女の兄とやらか」
「ええ、おそらくは……」
「あやしげなことばかりを口にして、
まわりを扇動していると聞いているが」
「このような童に、
一体、なにができると仰りますか」
へらへら、おどけて見せる。
「ふん、しょせんは噂か……」
敵に侮ってもらえるほど、
嬉しいことはない。
「して、その赤い布は何だ……」
「こちらは、火の巫女の印にございます」
俺は、軽い声で説明してみせる。
「ふん、布にまで巫女に頼るのか、
名張は誇りすら忘れてしまったようだな」
アラカが失笑してみせた。
それに併せて後ろの男たちも笑いをあげる。
今は笑えばいい――
だが、その赤い「隠」の印を忘れるな。
旗が立つ場所に名張がある。
旗の下には守りがいる。
そう思ってくれるなら、それでいい。
――――――――――
「三日だ……」
アラカが厳しい口調になる。
「三日後、火の巫女を伴って三野へ来い。
来ぬなら、名張は三野に弓を引いたものと見る」
それだけを言い残し、アラカは身を翻した。
連れの六人と一緒に歩いていく。
最初から、ここで争うつもりはないのだ。
戦場になるであろう、名張の川の下見。
そして、名張の様子見に来たのだ。
病に弱り切っていた名張の村のものたち。
そこに残存する戦力を。
――――――――――
三野の者たちの姿が、
遠く、道の向こうに消えると。
「不快なやつらだ」
タケが吐き捨てた。
「今すぐ追いかけて射掛けたい所だが、
そういう話じゃねぇんだろ?」
タケは、俺に視線をむける。
「はい、ありがとうございます」
詳細まで伝えているわけではない。
それでも、タケは、俺の意図を汲みとり、
アラカを煽ってくれた。
「三日後か……」
シラガが小さく呟いた。
「おもったより早かったですね」
今の名張から奪える「利」はない。
なので、畑の収穫の後に来ると想定していた。
だけど、三野が求めるのは、
名張から巻き上げる「利」ではないということだ。
「三輪に、名張を奪われたとでも、
周辺の環濠に言われておるのだろう」
三野にとっては「威厳」のほうが大事なのだろう。
周辺の環濠集落である村を支配するため。
これは、そういう戦ということだ。
それはそれで丁度良い。
――――――――――
「それでは皆さん、戦に備えましょう」
背後に控える男衆たちに、
俺は、できるだけ明るい声をかける。
「おう、三日後だな」
イワホコが、一番に反応をしてみせた。
「はい、名張は三日後、
この名張の川で大敗を喫するでしょう!」
「……は?」
イワホコが、一番に間の抜けた声をあげた。
「さっき説明しただろ」
タケは苦笑する。
「やれやれ、本当に上手くいくのかのぅ……」
シラガは眉間にしわを寄せていた。
「上手くいきますよ」
俺は、名張の川辺に立てた柵。
その裏でたなびく「隠」の旗を見上げる。
すこし離れた、
名張の丘からは黒い二本の狼煙が見える。
はるか後方、姿は見えないが名張のむこう、
名張の山には「隠の倉」がある。
「打てる手は、すべて打ちました」
戦がはじまる。
準備は、間に合った――
■【185年:夏】六章「名張の富国強兵」 ~完~
次からは「七章「三野の名張侵攻」編が始まります。
実際に戦が始まり、物語は怒涛のごとく進んでいきます。
これまでの名張村の全てを動員した、その集大成、お楽しみいただければ幸いです。




