第四十八話 ナバリ会議
名張の朝に行われる情報共有。
名張の丘の周辺監視。
それらを「表の情報」とするならば。
当然、裏が存在する。
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「村の中で話しにくいことも増えてきたな」
那婆理の民、
タケが小さく呟いた。
「村が大きくなると耳も増えるからのぅ」
名張の長、
シラガが、まわりに視線を配る。
「だからって、なんでウチなんですか」
名張のちいさな童の、
俺は、小さな溜息をこぼした。
「……みんなで、おはなし……うれしい……」
名張の火の巫女さま、
イミコは、いつも楽しそうだ。
名張の昼過ぎ――
俺達の「忌み」の山小屋に、
そんな、四つの顔で囲炉裏を囲む。
「人の耳目から身を隠すのに、
これほど適した場所はないからのぅ」
村から離れ、人気のない山のなか。
誰かが近づけば足音が聞こえ、
人影があれば、どうしても目立つ。
たしかに人目を忍ぶには最適な場所だ。
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「……で、三野が本気で名張に仕掛けるなら、
どんな形になりそうなんですか?」
俺は、タケに視線を向ける。
北の三野と由縁を持っているのが、
那婆理之稲置なのだという。
「長の、三野臣高彦が指揮を執るだろうな」
この時代、周囲の村々に威厳を示す必要がある。
戦は、格好の機会なのだという。
「タカの野郎は、ナバリを下に……、
あいつは自分以外を下に見てるからな……」
「そうじゃのう」
シラガは苦々しい表情を浮かべていた。
「そんな、奴にとって、
今のナバリは面白くねぇはずだ……」
そう言って、干した肉を一噛みする。
燻製肉と、塩漬けによる、
保存食の貯蓄は着実に積みあがっていた。
「西からは三輪の者が出入りし、
周辺の環濠には、火の巫女の噂……」
「三野からすれば自分たちの影響力が、
外から削られているように見えるわけだ」
確かに、それは面白くない話だろう。
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「実際、戦になるとしたら、
その兵の数はどれくらいに……」
俺は、さらに話を進める。
「名張に、三輪が絡むとなれば、
周囲の見せしめにも数を揃えてくるはずだ」
そこで、タケは顎に手をあてて目を閉じる。
「本村だけでなく周りの村にも声を掛けて、
少なくて七十……まともなら百……」
「百、ですか……」
名張村の総人口に相当する規模だ。
「名張の戦力は……」
俺は、シラガに視線を向ける。
「うむ……」
シラガは、目を伏せる。
頭の中で一人ずつ数えているようだ。
「前に出せる男は、二十ほど……」
それらの一つずつが人の命、重い数字である。
「弓や、石投げ、後ろの支えも含めて三十、
そのすべてが戦える者ではない」
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「知ってるだろうが、戦では『伍』を作る」
タケが呟いた。
「……伍、ですか?」
「なんだ、知らねぇのか?」
タケは、珍しくキョトンとした。
それから大きく太い五本の指を立てる。
「細かい形は村によって違うが、
戦は、五人一組となって動くのが崩れにくい」
後世の史実に、特に残されてないが。
今、この土地の、タケたちの戦の形として、
そういう認識だということだろう。
「つまり、三野の兵が百なら、
二十の『伍』を作ってくるわけだ」
「それで、名張が『伍』を作るとすれば……」
「六つですね」
六部隊――
三野との戦力差は、
三倍以上になるということか。
「圧倒的ですね……」
俺は、喉の奥が乾くのを感じる。
わかっていたつもりではあるが、
こうして数字にしてみると重さが違った。
「……なら、三輪からの援軍はどうですか」
足りないものは借りてしまえばいいのだが。
「敵は、名張まで、
はやければ八つ時で襲ってくる」
タケが即答し。
「三輪に急ぎの使者を出したとしても、
名張の村に到着するのは、翌日になるのう」
シラガが溜息をこぼした。
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「武器についても教えてください」
戦力というのは、兵士数と、
その武器の威力を掛け合わせたものを指す。
「弓はある」
タケが即座に答えた。
「だが、多くねぇ、狩りに使う弓だ。
引ける者は選ぶし、矢の数も限られる」
「槍は」
「石槍、あとは木槍だな。
猪を止める短いやつは投槍に使えるだろう」
タケは淡々と言った。
「石の用意は?」
「それなら山ほどある」
俺が聞くと、タケが少し笑った。
投石は近代まで有用な万能武器ではある。
「まとめると、弓にわずかな矢、
石槍、木槍に投げ槍に、投石ですか……」
「石斧や、鍬に、棒も武器には使えるが……」
「犬もいるぞ、あいつらの鼻は武器になる」
三野を相手に、
武器が劣っているのも明白だった。
明らかに戦力不足だ。
「……ぁ、笛も……」
不意に、イミコが口にした言葉。
そこに三人の視線が集まる。
「笛は、みんなを守ってくれるよね……?」
たしかに、その通りだ――
絶望的に戦力で劣っている名張は、
それ以外の、なにかで相手を覆すしかない。
それが笛。
つまり、情報戦だ
元から、笛の戦術利用は考えているが。
それが、イミコの口から、
出てくるとは思わなかった。
村を見て、この場の会話を聞いて、
イミコなりに考えているのが伝わってくる。
「まことに、聡明でございますな」
「ふん、悪くはない」
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「最後に、三野が来る時期についてじゃが……」
シラガは、俺に視線を向ける。
三野の侵攻が「あるか、ないか」の段階は、
とうの昔に通り過ぎていた。
名張の村が、三輪と繋がった以上
それは確実にあるのだ。
それが「いつ」かという話だけ。
俺は、すこしだけ思考を巡らせる。
「早ければ夏の実りの後……、
遅くても、来年の雪解けでしょうか」
基本、兵は村人だ。
農の繁忙期に動くことはできない。
そして、病み上がりの村。
備蓄の少ない寒村を侵攻する旨味はない。
それなら春の収穫の後……。
あるいは、夏の収穫をみて、
その後に侵攻してくる可能性が高い。
「ただ、あいつらが面子で、
すぐに攻めてくることもあるぞ」
タケが補足する。
たしかに、そのとおりだ。
誰もが「利」を最優先に動くとは限らない。
可能性が低いとしても。
常に、想定外を踏まえて備える必要がある。
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「わしは、まずは、それぞれの武器と、
各人の担当を分けておくかの」
シラガは静かに息を呑んだ。
「こっちは槍と、矢の数を揃える」
タケは小さく呟いた。
「……にぃに、だいじょうぶ?」
イミコが、俺の袖を不安そうに掴む。
「んー……まあ、状況は厳しいけど……」
そこで、一拍を置いてから。
「手はありそうかな……」
山小屋の静けさの中、
その場の、全員の視線が俺に集まった。
「明日から、来たる日に備えて、
皆で動きましょう」
三倍以上の戦力差を覆すためなら、
なんだってしてみるさ。




