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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:六章】名張の富国強兵

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第四十六話 苗を植える日

 朝の名張の田には、薄い靄を抱いていた。


 巫女の沢から引いた水が、

 きらきらと陽の光を返している。


 その向こうには、

 綺麗に起こされた田が広がっていた。


 土は返され、泥は均され、

 すぐにでも手を入れられるだろう。


「よい田じゃろ」


「とても素晴らしいです」


 シラガは、小さく鼻を鳴らした。

 その顔は誇らしげでもあった。




「それで、苗植えというのは……」


 今日は、一部の田で、新しいやり方を試す日だ。


 これまでの名張は直播きである。


 起こした田に種もみを撒く。

 実に単純だ。


 弥生時代の中期までに多くみられる農法でもあった。


 今回は、そこに一手を加える。



――――――――――


「まずは、これを」


 三輪から届いた木具のひとつから、

 平たい板を足に結わえる履き物を取り出した。


 田で足を取られにくくするための木の履き物。

 田下駄たげたである。


 まだ、一般生活のなかで靴を履く習慣はないが。

 こうした作業具としては存在している。



「こんなもんで泥に入るのか?」


 イワホコが不思議そうな声を上げる。

 こうした作業具は、名張ではまだ珍しいようだ。


「入ってみれば分かるさ」




 皆が田に足を入れていくと、

 すぐに、あちこちで歓喜の声が上がった。


「なんだこれ、沈みにくいぞ!」


「足が抜けやすい!」


 水と泥の中で、皆の足取りがいつもより軽い。


 完全に沈まぬわけではない。

 だが、田の底へ、ずぶりと埋まり込む感じがかなり違うのだろう。



「こりゃ楽だな」


 イワホコが、何度か足を踏みしめてから、感心したように言う。

 その横で、若者衆が子どもみたいに騒いでいる。


「これ、面白ぇ!」


「おい、遊ぶな、転ぶぞ!」


 次の瞬間、言った本人の身体は傾き、

 泥に尻もちをつき、あたりに笑いが起きた。


 田下駄のひとつで作業の疲れは変わる。


 その差は、そのまま、村の力になる。



――――――――――


「次は、こちら」


 田の縁には、あらかじめ、育てておいた苗の束がある。

 三輪に出立する前から頼んでおいたものだ。



「わざわざ、別のところで苗まで育てて、

 別の所に植え直すとは……よくわからんこと……」


「ただの二度手間だぞ、これは」


 イワホコも、苗の束を持ち上げながら言う。

 それは、もっともな感想だった。



「まずは、この一区画だけで試してみましょう」


 俺は、他と仕切られて田を指差す。


「こちらで苗植えを行い、残りは直撒きのままです」


「最初から全部を賭ける気ではないのじゃな」


 シラガが安心したように頷いた。



――――――――――


「苗植えですか……」


 三輪からのユラが、その声をあげる。


「西の海に近い土地では、

 そのような植え方をする国もあると、

 噂には聞いたことはありますが……」


 ユラは、田と、苗を何度も見比べていた。



 時代的にも大陸側から「苗植え」の農法が、

 伝わり始めている頃なのだろう。


 だが、技術の広がりは国交の近い場所から、

 順繰りに伝播していくものである。



「西の海に近い土地というのは……」


「三輪の西には、さらに陸が続き、

 そのむこうには海を越えた国々があるとか」


「なるほどねぇ……」


 現在、西の方ほど大陸との交易が盛んなようだ。


 そのうち、そこらへんの、

 地理的な確認もしておきたいものだ。



――――――――――


「とりあえず、今は、こっちだ」


 俺は、苗の束をひとつ手に取った。


「育ちのいい苗だけを田へ入れる。

 弱いものや、色の悪いものは外してください」



「それから間を詰めすぎないで、

 ぎゅうぎゅうだと、日も風も通らないですから」


 俺は、泥の上へ、指でおおよその間を示した。


「ずいぶんと空けるんだな、田が、勿体なくないか?」


「田の力は有限で、苗が多過ぎる互いに食い合い、

 痩せ細ってしまうんですよ」


「ふむ、そういうものか」



――――――――――


「よし」


 俺は、田へ足を入れた。

 田下駄たげたが泥を受け、足が沈み込みにくい。


 シラガ、イワホコ、若者衆、女衆らも続く。

 そして、ユラも裾を上げると田の中へ入ってきた。



「ユラさんも、やるのですか?」


「見ているだけでは覚えが遅くなりますから」


 なるほど、さすがに意識が高い。




「じゃあ、いきます」


 田の中で、皆が一列に並び、しゃがみ込む。


 苗を、泥へ差す。


 一本。

 二本。


 まっすぐ苗が立つように根を押し込む。

 そのすぐ横へ、次を植える。


「ふむ、なるほどのぅ……」



 数本の苗を植え。

 皆が、手順を覚えたのを見計らい。


「カヤさん、笛、お願いします」


「ぴっ」


 田の外に立つカヤが笛を鳴らす。

 今度は、笛に合わせて苗を植えていく。



「ぴっ」


 一歩、横に移動する。


「ぴっ」


 また植える。



「おっ、これは……」


 田で、皆の動きがひとつとなる。


「ぴっ……ぴっ、ぴっ……」


 そして、また一本、二本、三本……。



「きゃっ」


 後ろで誰かの転ぶ音がした。


 振り返ってみると、ユラが、

 泥のなかに尻もちをついていた。



「カヤ、笛が早すぎるぞ」


「す、すみません……」


「まあ、始めたばかりですから、

 みんなで、ゆっくり慣れていきましょう」


 生まれて初めて装着した田下駄たげたに、植苗えだ。

 最初から上手くできるはずもない。


 正直、俺の両足も、すでにふるふると震えていた。




「……きれい……」


 ぽつりと、イミコが言葉を漏らした。


 皆の手が止まる。


 まだわずかだが、

 皆で等間隔に植えた苗には、

 直播きにはない、整いがあった。



「たしかに、整ってみえるな」


 イワホコも声を上げる。


 誰に向けた言葉でもない。

 ただ、並んだ苗を見て、そう感じたのだろう。


 誰の目からも、この整然された美しさは一目瞭然だ。



 他の若者衆も顔を見合わせる。


「火の巫女さまが、そう言うなら……やってみるか……」


 田のどこかで、そんな声があがった。

 イミコの感覚を通せば、それは村の理になるのだ。



――――――――――


 日暮れ頃には、一角の田が、

 その姿を、はっきりと変えていた。


 直撒きの田は、

 まだ、ただの水面と泥の広がりに見える。


 反対側では、若い苗が整然と並んでいた。



 結果が出るのは、

 しばらく後になるだろう。


 だが、俺達は、

 整然と並んだ苗を見ながら、


 そこに、確かな、手応えを感じていた。


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