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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:一章】泥まみれの巫女

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第五話 灰かぶり草の御馳走

「……もう、食べていぃ……?」


 待ちきれないといった表情で、

 イミコは、香り立つノビルを見つめていた。


「食べられるけど、どうせなら、もっと美味しくしよう」


 囲炉裏の端へ手を伸ばし、

 白く積もった灰を、そっと、どける。


 その下には「まだ熱を含んだ灰」の層があった。



「この灰を使うんだよ」


「……はい……?」


 きょとん、とした顔。


 無理もない。


 灰といえば燃えかすだ、

 食べ物を埋めるなんて考えるはずもない。



「灰は、火の名残じゃない……火の続きなんだよ……」


 丁寧に泥を落としたノビルを、熱い灰に埋めた。


「ゆっくり、内側まで、じんわり火を通してくれるんだ」


 白い灰が野草を包み込み、

 微かに「シュー」と湿気を吸い込む音がする。



「……すごぃ……」


 イミコの深緑の瞳で、

 火の煌めきが、静かに揺れていた。



――――――――――


 ぱち。

 ぱち。


 囲炉裏の炭が爆ぜる静かな音を聞いていると、

 腹の底が、きゅう、と縮む。


 空腹はまだ消えていない。


 むしろ、灰の中で熱される野草の香りが、

 いっそう飢えを強く思い出させる。


 それでも、今は待てた。


 火がある。


 その傍には食べるものがある。

 それだけで、昨夜までとは違っていた。



 やがて、匂いが変わる――


 葱のような刺激がやわらぎ、

 より濃厚な香ばしい香りにあたりが満たされた。


「……ぃぃ、におぃ……」


 イミコが喉を鳴らす。


 期待と空腹が、

 そのまま、顔に出ていた。



「そろそろかな」


 俺は、木の棒で灰をかき分けて、

 蒸し焼きになったノビルを掘り起こした。


 焦げすぎず、潰れてもいない。

 熱を帯びた白い塊が横たわっている。


 薄皮を、そっと剥くと、

 中から透き通るような白い身が顔を覗かせた。


 ほわり、と湯気が立ちのぼる。



「熱いから、気をつけてね」


「……ぅん……」


 イミコは両手で受け取ると、

 熱気を逃がすように、小さな口で、そっとかじる。


 ゆっくりと噛み締めるよう、

 その小さな顎が、懸命に動いてみせた。


 瞬間、イミコの瞳が、ぱっと大きく見開かれる。



「……あまぃ……!」


 イミコの顔に満面の花が咲いた。


「にぃに……! これ、すっごくあまぃょ……!」


 その喜びの声は、

 まるで火がくれた恵みのようだった。


 俺の胸に、じんと熱いものが込み上げる。



「それじゃ、俺も……」


 俺も、自分のぶんを口にする。

 熱い野草の身が、舌の上でとろりとほどけた。



 うまい――


 ただの野草だ。


 塩もなければ、油もない。


 それでも、自分の手で火を起こし、

 熱で食べられる形にしたものが腹へ落ちていく。


 それだけで、

 死にかけていた身体が、

 命を取り戻しているような気がした。



――――――――――


 次に、トウキの葉を煎じる。


 清めておいた水を割れた器に注ぎ、

 火のそばで温める。



 ただ、それだけで――


 草の香りが、湯へ、移っていく。



「熱いから気を付けて……」


「……うん……」


 俺たちは、トウキの湯を口にする。


 冷えきっていた身体に、

 あたたかな湯が、喉を通り落ちていく。



「「……はぁ~……」」


 おもわず、

 二人の深い息が重なった。


 胃の底から熱がひろがり、

 ゆっくりと、心が満たされていく。


「生き返るなぁ……」


 それからしばらく、俺たちは、

 割れた器から立ちのぼる湯気を眺めていた。



「……にぃに……」


 不意に、イミコが、ぽつりと呟いた。


「……これ……みんなにも、ぁげたら……よろこぶ……かな?」


「みんな……」


 その言葉に、身体の記憶が反応する――



 * * *


 山を下りた先にある、小さな村。


 貧しさに疲弊し、余裕をなくした人間たち。

 俺たちを「忌み子」として遠ざけてきた者たち。


 歓迎はされないだろう。


 そんな者たちにも、

 イミコが、笑顔を望むというならば――


 * * *



「……にぃに……?」


 イミコは不安気な表情で見上げていた。

 思ったよりも長い時間、考えこんでいたらしい。


「イミコは、みんなに……喜んでほしいの……?」


「……ぅん……」


 小さく頷いてから、

 イミコは、まっすぐに俺の目を見た。


「……みんな、わらったら……ぅれしい……」


 まっすぐな目だった。



「そうか……」


 再び、俺は、火を見つめる。


 灰の中から取り出した白いノビル。

 あの、つんとした匂いも、火を通せば甘みに変わった。


 それなら、人の心だって――



「明日、村へ行こうか」


「……ぇ……?」


 イミコの顔に、不安の色が差す。

 そんな急な話ではなかったのだろう。


 その小さな身体が僅かに震える。



「大丈夫、にぃにが一緒だ……」


「……ぅ、うん……」


 まだ怯えている。


 それでも、

 イミコの意志は前を向いていた。


 それなら、

 俺のやることは決まっている。


 イミコの願いを形にする――


 ただ、それだけだ。



■【185年:一章】「泥まみれの巫女 」~完~

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