第二話【弐】 水のきらめき
小屋へ戻ると、
少女は、不思議そうな表情を浮かべていた。
「……もうすこし、待っててな……」
切ってきた茎の中へ、
俺は、細かく砕いた炭を詰めていく。
その上に乾いた灰を重ね、
小屋の床を掘って集めた砂を、そっと入れた。
黒、白、淡い土の色。
小さな筒の中へ、
層を、ひとつずつ積み重ねていく。
「イミコ、見ていて」
俺は、さっきの泥水を、
筒の上から、ゆっくりと注ぐ。
「……ぁ……」
少女の顔が曇る。
せっかく集めた水を、
俺が、捨てたように見えたのだろう。
「大丈夫。なくならない……」
安心させるように言いながら、
俺は、筒の底をじっと見つめていた。
じわり。
じわり。
水がゆっくりと、
しかし、確実に層の奥へと吸い込まれていく。
時間が、ひどく長く感じる。
あたりは重苦しい沈黙に支配されていた。
ただ、水が吸い込まれる、微かな音だけが聞こえる。
イミコも、息を殺して見守っている。
もし、このまま「泥の色をした水」が落ちてきたら――
そんな不安が胸をかすめる、その時。
ぽたり、と。
一滴。
筒の底から、雫が落ちた。
「……ぁ……」
イミコが息を呑む。
もう一滴。
さらに一滴。
その雫に、濁りはなかった。
茶色くない。
どろりとしていない。
欠けた土器の上に、
静かに溜まっていくのは、
透き通った、きらめく水の輝きだった。
「……きれい……」
イミコが、呆けたように呟く。
「……にぃに、なにしたの……?」
「汚れを、分けたんだ」
土器の欠片を、
そっと、俺は手に取った。
まだ足りない。
本当なら、火もいる。
だが、今は――
この目のまえの一滴が、
俺たちの命を、確実に繋いでくれる。
「これを、少しずつ……飲んで……」
土器の欠片を、そっと、少女の口元に運ぶ。
少女は、恐る恐る、
その小さな唇を水面に触れさせた。
「……ちゅめた……ぉいし……っ!」
その声に、張りつめていた緊張の糸が緩む。
少女の青白かった頬に、
ほんのわずかだが、色が差しはじめる。
俺も、欠片に残った水を流し込んだ。
冷たい――
けれど、その冷たさが、焼けついた喉を通り、
胃の奥底に落ちていく感覚。
それは、まるで奇跡のように思えた。
生き返る――
泥水が、飲み水となった。
たったそれだけのことが、
このどん底で、途方もなく大きい。
目の前にあった絶望が、ひとつ、祓われた。
――――――――――
「ふぅ……」
俺は、深く呼吸を整えながら、
古い焚き火跡を見る。
泥の中から抜け出す戦いは、
始まったばかり。
だけど、もう、さっきまでとは違う。
絶望の中でも手を伸ばせるという実感を得た。
知識は、この時代にも通じる――
けれど、まだ足りない。
まるで足りない。
このままでは夜を越せない。
小屋の壁は隙間だらけで、
屋根は頼りない。
風は冷たいまま、
今も容赦なく吹き込んでいる。
次に必要となるのは――
「火だ……」
「……ひ……?」
少女は首を傾げてみせる。
「火があれば、小屋を、あたたかくできる」
水を沸かして湯にもできる。
小屋を温れば、凍える夜にも抗える。
食べものに熱を込められる。
火は、生活の基点になる――
「次は、火を生むんだ」
「……にぃに、ひ、つくれるの……?」
泥に汚れた少女は目を輝かせる。
その瞳には、
俺の姿だけが映っていた。
「……つくれるさ」
正直、わからない。
だけど、この泥まみれの、
どん底の生活から這い上がるためなら、
なんだってやってみせる。




