第三十四話 国の門
三輪君が、どういう理由で、
俺達を呼び出したのかわからない。
だからこそ、
見極めなければいけない。
名張が、生きる道を――
――――――――――
山間を抜けて、ひらけた平野。
「あれは……関所か?」
最初に見えたのは木柵だった。
丸太が、壁のように立てられて、
その唯一の道は、木柵に塞がれている。
その横には、人の背丈程度の見張り台。
そこから石槍を持つ男たちが、見下ろしてくる。
「三輪之真人である。
三輪君の御名により、名張の客を迎えて戻った」
マヒトの挨拶に、見張りが頭を下げる。
「お待ちしておりました」
すぐに木柵が、ぎぎっと音を立てて横に開かれる。
「どうぞ」
マヒトだけなく、その従者も、俺たちも、
なにひとつ揉めることなく境界の内側へ通される。
俺達が通り過ぎたあとに、
後方で、ぎぎっと音を立てて柵が戻される。
見張りの男たちは、
何事もなかったように持ち場へ帰っていく。
太古の時代、想像よりも堅牢な布陣が築かれて取っていた。
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しばらく進むと、
別の道筋にも見張り台が見えた。
「あれも関所ですか」
俺が訪ねる。
「あの先を南へ折れたら、
阿部臣の領域に通じるのだ」
マヒトの指さす方には山裾に抱かれた、
環濠の影が小さく見える。
「阿部、か……」
シラガが、かすかに声を漏らした。
「名張の長殿は、阿部臣に覚えが?」
「我が家では、昔より、南の筋には、
阿部の流れがあると聞かされて育ったもので……」
杖の先が、乾いた土をひとつ突く。
「名張の地は、今でこそ寒村であるが……、
遠い昔は、広い筋の中にあったと語る者もおった」
「……ならば、私の家とも、
なにかしらの縁があるかもしれませんな」
シラガは小さく笑った。
苦さとも、懐かしさともつかぬ、笑みだった。
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しばらく、歩くうちに前方の景色が変わる。
また、環濠だ。
ここに来るまでにも、
幾つかの環濠集落を遠目に見てきた。
「あれらの環濠たちは、
すべて、三輪の国となるのですか?」
「そうだ」
マヒトは、当然のように答えた。
「三輪の国は、ひとつの環濠ではない」
「このあたりに連なる集落が、
それぞれに環濠を持ち、その長を臣と呼ぶ」
「臣……」
「わしは、名張を束ねる長なので、
名張臣と名乗るのと同じだぞ」
シラガが横から補足をする。
「それらの集落を束ねる臣たちを、
さらに、束ねる者が君と名乗るのだ」
つまり、環濠集落が国を形成する部品であり、
臣がその部品を運み、君が全体を握る。
名張村は、そのひとつに過ぎない。
三輪の国は、名張のような環濠集落を、
いくつも束ねる群となるのか。
名張の村と、三輪の国――
その戦力差は考えるまでもなさそうだ。
――――――――――
「我らは、あちらに入ります」
マヒトは、ひとつの環濠集落に歩を進める。
集落に続く環濠の橋には、
名張の村と同じく見張りが立っていた。
「三輪之真人である……」
マヒトが名乗りをあげると、
そのまま、何事もなく通してくれた。
「ここが、三輪様の集落になります」
マヒトに案内されて、
集落に足を踏み入れた瞬間。
俺は、思わず目を細めた。
整っている。
それが最初の感想だった。
通路の取り方、泥の逃がし方。
火を使う場所と、人の集まる場所の分け方。
人が多い、家も多い。
なのに、どこも崩れていない。
長く保たれてきた場所の空気があった。
「……みられてる……」
「ああ」
しばらく集落を進むと、
視線を感じるようになった。
好奇、敬意、警戒。
そのどれもが混じった、静かな目だった。
「……こわぃ……?」
小さな声でそう問われ、俺は少しだけ周りを見る。
「いや……」
怖いというより、重い。
名張の村人たちの目は、
もう、イミコを信じていた。
ここにあるのは、信じる前の目だ。
見定め、値踏みする目。
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やがて、道の先の空気が変わった。
高い影がある。
高床だ――
地面から持ち上げられた、
大きな木造の建物。
太い柱が並び、
その上に、広い床が載っている。
屋根は大きく、軒は深く、
周囲の、どの竪穴よりも明らかに高い。
神事も、富も、裁きも。
この国の中心にあるべきものを、すべて、
その目に見える形で持ち上げているようだった。
「……にぃに……」
イミコが俺の手をぎゅっと握る。
「ああ」
三輪という大きな国が、
いま、俺達の前に、立ちはだかっていた。




