第三十一話 三輪からの招待状
名張の広場の空気は、
ぴりっと固く張り付いていた。
村人たちは半円を描くように集まり、
その目は、前へ向いていた。
皆の視線の先には、
ひとりの若い男の姿があった。
「三輪之真人と申す」
はっきりした声が広場に響きわたる。
その背筋は一直線に伸び、衣も整っている。
年のころは十代なかばだろうか。
その脇には、以前にも村を訪れた顔ぶれがある。
オシ、ジン、サンの三人だった。
――――――――――
「名張の長、シラガにございます」
シラガが、杖をつきながら、ゆっくりと前に出る。
「このたびは、三輪より正式の言葉をお届けに参りました」
若い使者が一歩進み出て、きちんと礼をしてみせる。
その所作は無駄がなく美しかった。
「火の巫女への敬意と、名張への礼として、
塩、穀、乾物、わずかな布をお持ちしました」
マヒトが、脇の荷へ手を向ける。
広場の端には、小さなソリが二つ。
村人たちが息を呑んだ。
布で包まれた袋には、
粟や稗と思しき穀が詰まっている。
口を固く結んだ小壺からは、干した魚の匂い。
海藻の乾いた潮の気配まで、風に混じって届いていた。
そして白く粗い粒が、壺の口元にわずかに見える。
「……あ、あれは……塩?」
囁きがすぐに広がった。
どれも、この山深い小村にはない、
非情に貴重な品々であった。
――――――――――
「そして、これからが本題にございます」
マヒトは、改めてシラガを見た。
「名張の長シラガ殿、イミナ殿、イミコ殿、
それら、御三方を、三輪へお招きしたく存じます」
村人の間でざわめきが起きる。
「道中の案内も、人足も、ソリも整えております」
背後に控えているオシ、ジン、サン。
静かに顔を上げてみせた。
「加えて……」
その声に、広場の空気がまた引き締まる。
「以前、シラガ殿より願い出のありました、
今年の納めものにつきましても……」
シラガの眉がわずかに動く。
「三輪としては、免ずる用意がございます」
広場が静まり返った。
柔らかな誘い方だった。
脅しではない、礼も尽くしている。
だが、その真意は明らかだ――
それだけ、三輪は、
火の巫女を重く見ているということだ。
――――――――――
「……みわ、に……いくの……?」
イミコが小さく呟いた。
「にぃに……いっしょ……?」
「そう、一緒だ……三輪に行こう……」
「……ぅん……」
イミコは、小さく頷いた。
彼女もわかっているのかもしれない。
ここまで整えられている以上、
断るというのは、三輪を明確に退けることになる。
俺達に「行かない」という選択肢は、
最初から用意されていなかった。
「ずいぶんと丁寧なこった」
タケが低く鼻を鳴らした。
「村のことは、俺らに任せておけ」
イワホコが笑顔を浮かべる。
「名張として、この招きをお受けしよう」
村の長であるシラガが、
その杖を、一度、土へ軽く打ちつける。
「迅速な判断、感謝いたす」
マヒトが、すっと背を正して答える。
すべてが決まった。
――――――――――
火の巫女が、村の外へ出る。
それが、外の世界に、
どのような影響を及ぼしていくのか。
まだわからないけれども――
三野は、名張を下から押さえようとした。
三輪は、名張を上へ引き寄せようとしている。
ならば、今度は、
俺達の方からも三輪を見定めてやる。
「だいじょうぶ、俺がついてるからな」
イミコの手を取る。
小さな手は、少し冷たかった。
「……んっ……」
それでも、ちゃんと、握り返してきた。
■【185年:春】四章「糧を増やす」 ~完~
「第四章」まで、お読みくださり、ありがとうございます。
次からは「第五章:三輪の国」が始まります。
物語の舞台は「名張の小さな村」から「外の世界」へ移ります。
より大きな「三輪の氏」と「土地の政治」に飲み込まれて、
二人の兄妹が、これからどうなっていくのか、引き続き、お見守り頂けたら幸いです。




