第三十話 名張の四人
巫女の沢、その最も上流部分。
川の澄んだ流れが、石のあいだを抜けて、
絶えず心地よい音を立てていた。
シラガは、平たい石へ腰をおろし、
釣り針を垂らしていた。
タケは、沢に入り、
石槍を構えて水面を睨んでいる。
俺は、イミコと並んで、
川縁にしゃがみ、砂利に指を入れていた。
「……あった」
イミコが、小さな指で貝を拾いあげ、
陽の光に透かして嬉しそうに見上げていた。
――――――――――
「あいつらは、いつもそうだ……」
ふと、タケが口を開いた。
「守ってやるだの、収めてやるだの……」
その声が落ちると同時に、
腕が動いた。
石槍が水を裂き。
銀色の魚が一匹、槍先で跳ねていた。
「……気に食わねぇ」
「それが三野じゃ……」
シラガは糸を垂らしたまま、重い声で言う。
「自分たちは収める側、相手は従う側、
それを本気で道理を言うておるつもりじゃよ」
「伝統と、格式の深い家系なんですね……」
「うむ……」
俺は、二人の話を聞きながら、
考えをまとめていく。
「問題は、三野が来たこと、そのものですね」
水面と睨みあうタケの視線だけが、こちらへ向いた。
シラガの糸を持つ指の動きも止める。
「火の巫女の話は、思ったより、
村の外部へも広がっているようで……」
「うむ……」
シラガは釣り糸を見つめたまま、ゆっくり頷く。
「……わたしが、みられてたの……?」
イミコが顔を上げた。
濡れた髪が頬に張りつき、
日の光を受けて細く光っている。
「皆、村を見てるようで、見てるのはちびどもだ」
タケの言い方は、ぶっきらぼうだが、
そこに棘だけではないものが混じっていた。
「……なんか、やだ……」
イミコは手の中の貝をぎゅっと握った。
――――――――――
「名張は選ばなければいけない、
誰かに従うのか……自立するか……」
俺は砂利の指先を払いながら言った。
「ただ、そのどちらを選ぶにしても、
ナバリの村に力をつける必要があります」
タケの眉が、わずかに動いた。
「弱いまま頭を下げても、
ただ、強者に吸われて終わるだけです」
俺は手の中の貝を、持ってきた籠へ入れる。
「逆に、力があれば、従うにしても形を選べます」
そこで、シラガの糸が大きく沈んだ。
老いた長は慌てず、
手首だけで引く。
ばしゃ、と水が割れ、
よく太った魚が一尾、宙へ上がる。
「強うなる、か……」
その声には、長く、
土に根を張ってきた者の重みがあった。
「名張臣の火種、ここで、消すわけにはいかぬなぁ……」
「俺は、三野に好きにされるのが気に食わねぇ」
タケが槍の柄をぐっと握る。
「那婆理は、名張の手で守る」
「村を強くするしかありませんね」
俺は、二人の「ナバリ」の長を見た。
二人は静かに頷いてみせた。
俺と、シラガと、タケ。
それぞれの三者の理由は違えど。
やらなければいけない事が、
ひとつに収束した。
ナバリで イミコを 守る。
「……にぃに、また、あった……」
そんな周りの想いも露知らず、
イミコは、また、貝を見つけて目を輝かせていた。
――――――――――
その時、沢の上流へ足音が近づいてきた。
木々のあいだからアサメが現れる。
息を切らし、裾を乱しながら駆けてきた。
「大変です」
「どうした」
座したまま、シラガは視線だけを向ける。
「三輪からの使者が来ました」
その一言に、沢の水音が、ひどく遠く感じられた。
シラガが目を細める。
タケが低く鼻を鳴らした。
イミコが、俺を見る。
「先手を打たれた……」
俺は籠を置いて、立ち上がる。
想像よりも速く、
外の世界は動いていたようだ。




