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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:一章】泥まみれの巫女

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第三話 火、出づる

 まだ陽が沈むまえだというのに、

 あたりは冷え込んでいた。


 小屋に残されたぬくもりは、

 俺たちの、その弱々しい体温だけである。



「……ん、ぉいし……」


 さっき清めたばかりの水で、

 少女は、しきりに喉を潤している。


 だが、喉の渇きを癒すほど、さらに身体が冷えていく。


「……さむぃ、ね……」


 消え入りそうな、少女の吐息。

 その声は震えていた。


「……っ、うぅ……」


 少女の震えが止まらない。

 唇は青白く、指先から生気が抜け落ちている。


 このままでは夜を越せないだろう。


 イミナという少年に、イミコという少女も。

 二人で寄り添い、幾度も寒さに耐えてきたのだろう。


 だが、それは、明日を保証しない。


 目覚めない朝が、

 いつ、訪れてもおかしくはないのだ。



 火がいる――


 自分を奮い立たせるように、

 できるだけ、優しい声を少女にかける。


「すぐに、あったかくするから……待ってて……」


 そう言いながらも、

 俺の胸の奥では焦りが渦巻いていた。


 頭に流れてきた知識のおかげで理屈は解る。

 だが、理解と、実践は別物だ。


 だが、今はやってみるしかない――



 目の前には古い囲炉裏の跡がある。

 ここで、何度も火は起こされてきたはずだ。


 なら、できないはずはない。


 震える足に、無理やり力を入れて立ち上がる。


 目覚めた時よりは身体が動く。



――――――――――


 小屋の外に広がる薄暗い森。


 まだ、陽は高いのに、

 鬱蒼うっそうとした木々に空が遮られていた。


 ひんやりとした空気が身体の芯まで凍み渡る。

 獣の気配に肌がひりつく。


 そんな森の中、石のナイフを片手に、

 立ち枯れた枝を拾い集めていく。


 「軽い……乾いてる……」


 これなら摩擦熱を作りやすい。


 薪にする小枝に、道具に使えそうな太い木の幹。

 その、一本ずつを確かめながら拾い集める。


 そして、石の刃で枝を削る。


 ぎり、ぎり、ぎり。


 切れ味が鈍い――

 遠い世界に知る刃物と比べものにならない。


 さらに、この幼い身体がきつい。

 未発達な指はすぐに悲鳴を上げ、皮膚は擦れていく。


「……痛っ」


 指の皮がめくれて、赤い血が滲む。


 痛い。

 そう感じた瞬間、ふっと――


 この身体の奥から感情が噴出してきた。



――なんで、自分ばかり、こんな目に。


 俺の声ではない。


 イミナだ。


 この小さな手足で耐え続けてきた、

 声にならない叫び。


(……そうだな)


 俺は、手を止めず、その声に耳を傾ける。


 この指先の傷よりも、もっと深いところに、

 この身体は傷を抱えていたのだ。


 誰にも助けられず。

 誰にも守られず。


 それでも、妹の前では弱音を呑み込んできた。


 そんな、ひとりの少年の、

 行き場のない怒り。


(……その声、たしかに受け取ったよ……)


 お前の抱え続けた苦しみと。

 お前が命を削ってまで守ろうとした、妹の笑顔。


(……だから、俺に、力を貸してくれ……)


 俺は、歯を食いしばり、最後の枝を削り切った。



――――――――――


「……イミコ、戻ったよ」


 めぼしい木切れの数を揃えると、

 俺は、急いで小屋に戻った。


 薄暗い森は、子供が長く留まるには危険すぎる。


 そして、なにより、衰弱したイミコを、

 一人にするのが心配だった。



「……なに、してるの……?」


 イミコが俺の手元を覗き込んできた。


「火を生む準備だよ」


 俺は、拾ってきた木の枝を削る。


 がり、がり、がり。


 削り出すのは三つ。


 『火きり板』に『火きり棒』。

 そして、棒を回すための『弓』だ。


 頭の中にある膨大な知識から、

 それぞれを用意する。



「こんなもんか……」


 とはいえ、限られた素材、

 どれも粗末な出来の代物が出来上がった。


 だけど、今はそれでいい。

 贅沢を言っていられる状況じゃない。


 今夜を超える。

 今すぐにイミコを温める。


 まずは、それだけ。

 一度限りの消耗品でも構わない。



「よし……」


 火きり板に浅い窪みを作り、

 その外へ向けてV字の切れ込みを刻んだ。


 削れた熱い木の粉を、一箇所に溜めるためである。


「イミコ、乾いた草を持ってきてくれるか?

 できるだけ、ふわふわしたやつ」


「……ぅん! わかった!」


 小屋の入り口近くにある枯れ草を、

 イミコが一生懸命に集める。



 俺は弓を構えた――


 火きり棒を蔓に絡め、板の窪みに立てる。

 片手で押さえ、弓を前後に動かす。


 キリ、キリ、キリ……。


 乾いた木の擦れる音が、薄暗い小屋に響く。

 慎重に全身の重みを乗せ、弓を引く。


 前へ。

 後ろへ。


 少しずつ速く。


 上から押しつける力を強め、

 回転を上げていく。


 削れた木の粉が、

 切れ込みの奥へ溜まっていく。


 茶色から、焦げたような黒へ変わる。



 まだだ。

 まだ、足りない。


 腕が重い。

 息が上がる。


 汗が滲み、視界が揺れる。


 それでも止めない。

 止めたら、せっかく集めた熱が逃げてしまう。


「……っ、く……!」



 さらに速く。

 さらに強く。


 全身の力を、指先に集中させる。

 魂を込めるように弓を引く。


 やがて。



 ふっ、と――


 細い煙が立ち上った。

 焦げた匂いが、小屋に広まっていく。


「……けむり……!」


 イミコが息を呑む。


「もう少しだ……っ!」


 腕は悲鳴を上げていた。

 ちいさな身体には、あまりにも酷な動きだ。


 だが、ここで折れたら終わる。


 俺は最後の力を絞り出して、弓を動かし続けた。


 黒い木の粉の山。

 その奥に。


 じわり、と――


 小さな赤が宿る。



「……!」


 俺は弓を置いた。


 震える指先で、その生まれたばかりの火種を、

 崩さないように掬い上げる。


「……これ……」


 イミコが差し出してくれた枯れ草の束。

 その中心へ、壊れ物を扱うみたいに慎重に火種を移す。


 草でやさしく包み込み、顔を近づける。


 ふぅ……。

 ふぅ……。


 ゆっくり、焦らず。

 命を吹き込むみたいに。


 それから、一瞬、赤が大きく脈打つ。


 次の瞬間――



 ぼっ、と。

 枯れ草の中で小さな炎が弾けた。


「……あっ!」


 イミコが息を呑む。


「……ついた」


 自分でも信じられない声が漏れた。


 俺は、震える手で、急いで火種を囲炉裏へ移す。

 集めておいた細い枝を、一本ずつ、そっと重ねていく。



 ぱち、ぱち、と。


 炎はまだ頼りない。

 けれど、確かに、そこに生まれた。


 赤々と燃える小さな光が、暗闇を押し返す。


「……あったかぃ……」


 イミコが、火のそばへ身を寄せる。

 青白かった頬に、やわらかな赤みが戻っていく。



「……あったかいね、にぃに……」


 その声は、泣きそうなくらいに優しかった。


 俺も、火へ、手をかざす。


 じんわりとした熱が、冷えきった指先から、

 少しずつ身体の奥へ沁みていく。


 たったこれだけのぬくもりが、

 こんなにも命を癒してくれるなんて。



――――――――――


「……にぃに……」


「ん?」


「……わたしたちも、この火みたいに……

 ……きれいに、なれるかな?」


 炎を見つめたままの、小さな問いだった。


 胸の奥が、

 じんと熱くなる。



「なれるさ」


 俺は言い切った、迷いなく。


「少しずつでも、きっと、なれる……」


 泥にまみれて、

 忌み子と呼ばれても。


 こんな小屋で、

 死を待つように生きてきたとしても。


「この火を絶やさなければ、

 俺たちだって、きっと奇麗になれるはずだ……」


「……んっ……」


 イミコは、ちいさく頷いた。


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― 新着の感想 ―
この主人公も本来の持ち主を想うタイプなのね それにつけてもこの時代の標準火起こし方法ってなんだろう
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