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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:冬】一章「泥まみれの巫女」

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第一話【弐】 泥まみれの命

 ふと、胸に硬い感触があたる。


 俺が視線を落とした先――

 少女の首には、太い麻糸に括られた石が垂れていた。


 一見すれば、ただの黒ずんだ泥の塊。


 光沢も、色艶もない。

 道端の石と変わらない汚れた塊だ。


 だが、その歪な曲線は、どこか勾玉を思わせる。



 なんだこれ――


 ぞくりと、胸の奥が掻きまわされる。


 その石は、どこか不吉なのに、

 なぜか目が離せない。


 泥に埋もれているはずなのに、

 その奥に、何かが眠っているような――


「……うっ」


 また、頭の奥が、ずきりと痛む。



 * * *


――いまわしい。


 親は、もういない。


――おまえたちさえ、いなければ。


 母は、俺たちを「不吉な子」と呼び、この小屋へ捨てた。

 そして、そのまま、どこかへ姿を消した。


――産むんじゃ、なかった。


 なかば狂ったように叫ぶ、女の顔だけが、

 まるで呪縛のように記憶の端に焼き付いている。


 * * *



 俺の底から、熱が込み上げる。


 それは、俺のものではない。

 この身体の奥底から溢れ出る、荒ぶる心。


 怒りだ――


 イミナという少年が、ずっと抱えてきたもの。


 名を『呪い』に変えられ、

 逃げ場もなく耐え忍び続けた子供が、

 ずっと、胸の底に押し込め続けてきた激情。


 世界に対する、暗く、深い憎しみ。


 それが今、俺という異物を器にして、

 静かに燃え上がっている。



――――――――――


 不意に、ぐぅと、俺の腹が鳴る。


「……うっ」


 腹の底が灼かれるような激痛。

 喉も、腹も、全身が「飢え」に蝕まれていた。


 これは「空腹」なんて生やさしいものじゃない。


 命を削る「飢餓」だ。



「おにぃ……これ……たべて……」


 少女が、泥だらけの手を差し出してきた。


 掌には、土から掘り出したばかりの、

 干からびた野草の根があった。


「いみな……これ……みじゅ、ふいたから……」


 彼女の顔もまた、土気色つちけいろをしている。

 今にも倒れそうだった。


 それなのに、自分が食べるよりも先に、俺へ差し出してくる。



 なんだ、この狂った世界は――



――――――――――


 俺は、改めて小屋を見渡した。


 藁の屋根は薄く、壁は隙間だらけ。

 割れた器の底には濁った泥水が溜まっている。


 火はない。

 飲めそうな水もない。


 当然、食べる物などあるはずがない。


 このままでは、飢えて死ぬか、病に倒れるか。

 待っているのはそれだけだ。



 どうする、考えろ――


 頭の奥に流れこんだ膨大な知識を、

 ひとつずつ、ゆっくりと手繰り寄せる。


 泥水を、飲める水に変える術。

 火を起こす術。

 命をつなぎとめる術。


 できるかどうかじゃない、やるしかない――



――――――――――


 気付いたら、

 俺は、少女の手を握り返していた。


「……大丈夫」


 ひどく掠れた声だった。


 言葉を発するたびに喉が焼けるように痛む。

 それでも、はっきりと伝える。


「……俺が、なんとかする」


「……にぃ……に……?」


 少女が、涙に濡れた目を丸くする。


「……まずは、灰と炭を集めよう」


 それが、命を繋ぐ手がかりになる気がした。


「二人で生き延びるために、

 まずは、この穢れを祓うんだ……」


 重い身体を引きずるようにして、

 俺は、ゆっくり起き上がる。



 『忌み名』を与えられ。

 『忌み子』と蔑まれ。


 泥の中で死を待つだけの兄妹の物語。


 そんなもの、認めてたまるものか――


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