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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:春】四章「糧を増やす」

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第二十四話 那婆理の狩り

 名張の山の空気は、

 村より、ひときわ冷たかった。


 俺は、山の裾の開けた沢の際で、

 小さな火を起こして皆の帰りを待っていた。



 名張の山を見上げる。


 枯れ枝の向こうに、ちらりと動く影。

 遠くで揺れるやぶ、鳥が驚いたように飛び立つ気配。


 実際に、山の中で獣を追うのは、タケたちの仕事だ。


 俺の小さな身体にできることは少ない。

 せいぜい、狩りの前に口を出すことくらいだった。



 * * *


 那婆理なばりの主のタケ。

 弓と、槍を持った屈強な七人の男たち


 猟犬を主に従える若者、ハヤト。

 それに従う二匹の猟犬である、シロとクロ。


 狩猟の手順としては、

 まず初めに、タケが弓で最初の一矢を入れ。


 シロと、クロが獲物を攪乱かくらんし、

 前槍が進路を切り、留め槍が横から入れる算段だ。


 * * *



 獲物を止める者と、仕留める者を分けよう――


 昨夜、焚き火のそばで、そう伝えてある。


 那婆理なばりの民は、最後まで話を聞いてくれた。

 どこまでも彼らは貪欲である。


 子どもの戯れ言であったとしても、

 そこに、試す価値を感じるならば利用する。


 その答えは、もうじき出るだろう。



――――――――――


 そのとき。


 遠くで、猟犬のシロの甲高い吠えが響いた。

 間を置かず、クロの低い声が続く。



「始まったか……」


 自分の呟きが驚くほど小さかった。

 皆の帰りを待つだけの俺の手は、震えていた。


 深い山中の緊張感は想像を絶するものだった。



 藪が大きく揺れる。


 男の怒号がひとつ、短く飛ぶ。

 枝の折れる音、土を蹴る重い響き、犬の吠え声。


 やがて、そのすべてが、ひとつに重なった。



 短い叫び――

 獣の喉の底から絞り出すような、濁った音。


 どん、と、重いものが倒れる気配。


 森が、しんと静まった。



――――――――――


 最初に沢へ姿を見せたのは、

 猟犬のクロだった。


 黒い毛並みを土で汚し、

 舌を垂らしながら、それでも足取りは軽い。


 その後ろから、

 シロが現れ、甲高く二度だけ吠えた。


「無事でなによりです……」


 そんな、二匹の戦士に自然と声をかけていた。



「おう、イミナ殿も無事か」


 続いて、ハヤトと男たちが姿を現す。

 肩で息をしながらも、足は乱れていない。


 最後に、タケが出てきた。



「今日は大収穫だ」


 男たちが力を合わせて曳いてきたのは、大きな猪だった。


 黒褐色の毛には血がこびりつき、

 肩に矢が立ち、脇腹には槍傷が深く入っている。


 近づくにつれ、血と獣脂の匂いが濃くなる。


 土と、汗と、犬の臭いが混じり合い、

 山の生々しさが、そのまま、鼻を打った。



「ずいぶんと大きいですね」


「ヌシの言うとおりに、

 止める者と、仕留める者とで分けてみたが……」


 タケが、猪の死骸へ視線を落とす。


 それ以上の言葉はいらない。

 誰の目にも見てわかる大収穫だった。



「正直、最初は半信半疑だったけど、

 今日は獣の走る向きまで、手に取るようでした」


 二匹の猟犬を従える、ハヤトが言う。


 狩猟における一番の危険を背負うのが、

 最初に獲物を抑えにはいる二匹の猟犬たちだ。


 その危険性が低下するのは喜ばしいことだろう。



「俺はなにも……山の中で、獣を見つけて、

 槍を入れたのは皆さんですから……」


「見えておらんくせに、よう言う」


 ハヤトは、人懐っこい笑顔を浮かべていた。



「だが、誰よりも、山中のことが見えておるわけだ、

 こんなに動きやすい狩り、初めてじゃ……」


 年嵩の男も、ぽつりと続けた。


「今回の一番の手柄は、イミナ殿であるな」


 那婆理なばりの民に笑いが起こる。

 これまで見せたことのない屈託のない皆の笑顔だった。



――――――――――


「さて」


 タケが、猪の脚を蹴って向きを直す。

 その一声で、空気が切り替わった。


「ぼさっとしてないで、吊るすぞ」


 すぐに皆が動き出す。

 血抜きは、時間との勝負だ。


「はいはいっと……」


 沢の際に猪が吊るし上げられ、

 石包丁で、腹が縦に引き裂かれた。


 一気に血の匂いが強くなる。


「今宵は宴だな」


 男たちの疲れた顔に、確かな喜びがあった。



「一部は、干して保存しましょう」


 だが、俺は、その肉を前に、

 別のことを考えていた。


 これだけの肉だ、

 一度に食い尽くすことはできない。


 ならば、保たせなければならない。



「塩につけて干し肉にでもするか?」


「俺ぁ、焼いて食べたいよ」


 パチパチと音を上げる焚火を見ながら、

 ハヤトは呟いていた。



 この時代にも、塩に、肉を付けて、

 干し肉にする方法がある。


 だが、その先、

 燻製なんかにも挑戦してみたい。


 そんなことを考えながら、

 俺は、猪の解体に視線を向けた。


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