第二十三話 イミコの声
幸せを求める権利は誰にでもある。
村に残らざるを得なかった者にも。
村から出て行った者にも。
それぞれに道理があった。
ただ、それだけのことなのだ――
――――――――――
「これからのことを考えると、
働き手が増えるのは喜ばしい」
そう、俺が言うと、
ざわめきが少しだけ静まった。
「田を広げるにも、狩りを増やすにも、
人手はいくらでも必要です」
敢えて口にしないが、
外からの圧を見据えるなら、なおさらのこと。
戻ってきた者のうち、八人は大人の男衆。
喉から手が出るほど欲しい。
「……な、なんで、忌み子がここに……」
出戻り組の代表らしき男、
カヤが、俺を見て怪訝な顔をした。
「今、彼らはこの村の大切な一員だ。
忌みと呼ぶことは許さん」
シラガが静かに、だが重く言った。
なんだかわからない様子だったが、
カヤは、そのまわりの空気を察して頷く。
他の顔ぶれも、それに倣った。
「受け入れるにしても、今のままでは、
足りないものが出てきますね」
アサメが、はっと顔を上げる。
「食べるものに、薪が……」
「薪は、増えた人手でじきに補えますが、
問題は食料ですね……」
この村の主な食料は田畑からの収穫物。
貴重な米はもとより、ひえや、あわなどの穀物類。
それに、ドングリや山菜などの山の恵み。
そして狩猟による肉、川の漁による魚たちとなる。
「そちらの様子を見るに、
村を出る時に持って行ったものは、
使い切っていますよね」
「……はい」
カヤが素直に頷く。
一行の顔は皆、
やせこけて疲れ果てていた。
「しばらくの間、村の皆の負担が増えるのは、
間違いなさそうじゃな……」
シラガの声は、長として、
どちらも切り捨てられぬ重さを帯びていた。
受け入れるか、追い返すか。
場に沈黙が下りる。
火床の火が、ぱちぱちと、
小さく爆ぜる音だけが耳に刺さる。
そんな中――
「……みんな、一緒で……」
皆の目が、一点へ集まる。
イミコだった。
俺の隣から、一歩だけ前へ出ている。
大きな声ではない。
だが、不思議と誰にもよく届いた。
「……みんなで、なかよく……笑顔がいい……」
そこに理屈はない。
損得もない。
ただの、まっすぐな願いだった。
「……もどってきたなら……むらのひと、でしょ……?」
しん、と場が静まりかえる。
タケでさえ、言葉を返せないでいた。
火床のそばに立つ、小さな巫女。
その口から落ちた理想が、
理よりも先に、皆を押し黙らせていた。
シラガが、ゆっくりと目を閉じ、深く息を吐く。
「今日は、ひとまず受け入れよう……」
「あ、ありがとうございます……」
カヤは、シラガにむかって頭を下げた。
「わしじゃない、火の巫女様に感謝するのじゃ」
「火の、巫女さま……」
忌み子に対する、一瞬の躊躇のあと。
「ありがとうございます……」
カヤを含めた、十二の頭が、
イミコの前へ深々と下げられた。
「ならば、狩りは、我らがなんとかしてみせよう」
タケが、那婆理の男衆とともに胸を張る。
意見は違えど、一度決まれば動いてくれる。
さすがは、もうひとりの村の主だった。
「……にぃに……よかった……?」
イミコが、心配そうに見上げてきた。
「ああ、良かったよ」
そう言って、イミコの頭を撫でる。
頭を撫でてやると、
イミコはほっとしたように笑った。
だが、俺の胸には、
ひとつ、引っかかりがあった――
「この村が持ち直したという話が、
もう、ここまで広がっているわけだ……」
俺の呟きに、シラガが反応する。
「三輪の使者たちも、
どこから話を聞きつけたのやら……」
三輪の使者が来たのも、
今日の出戻り組も。
どこかに「目」があるようだ。
「人が戻ってくるのも、たぶん、これで終わりじゃない。
これからも、もっと増えるはずです……」
「うむ……」
俺の言葉に、シラガが重く頷いた。
個々の備えを増やすだけでは足りない。
村全体としての蓄えを、
急いで増やさなければいけない。
「まずは糧からだ……」
火床の湯気は、白く立ちのぼり、
名張の青い空のむこうへと消えていった。




