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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:春】三章「村の開拓編」

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第二十一話 目を付けられた巫女

 村人たちは、

 いつものように朝を過ごしていた。


 だが、その目は落ち着かない。


 三輪からの使者を泊めた小屋のほうへ、

 誰しも、ふとした拍子に視線を向けてしまう。


 俺も、火床のそばに立ちながら、

 その胸の奥に残る、鈍い重さを感じていた。



「……にぃに」


 イミコの声がする。


 翡翠の首飾りは、今も貫頭衣の内に隠れている。

 その姿は、ただの女の子だ。


「……にぃに、だいじょうぶ……?」


「まだ、わからない」


「……そっか、そうなんだ……」


 そう言うと、イミコは、

 すこしだけ不安そうに眉を寄せて。


 ただ、小さく頷いた。



――――――――――


 しばらくして。


 小屋の中から三輪の使者が姿を現した。

 村の空気が、また張りつめる。


 シラガと、タケが前に出て、

 イワホコが後ろに続く。


 少し離れた後ろに俺は立つ。


 村人たちも遠巻きに様子を窺っている。

 その間、誰も口を開かない。



「世話になったな」


 年長の使者、オシが礼をする。

 使者たちは出立の支度を整えていた。


「とんでもございません」


 シラガは深く頭を下げた。



「あの火は、夜のあいだも絶やさぬのだな……」


 オシは、そのまま、火床から立つ湯気へ視線を移した。


「そのようにしております」


「村の者たちも、妙に、

 あの火を気にしているようだが……」


 何気ない世間話のようにも聞こえるが、

 これは腹の探り合い――


 昨夜、使者たちの小屋で耳にした話は、

 シラガたちにも伝えてある。



「昨夜、どこかで耳にした……」


 オシが静かに続ける。


「たしか、火の巫女と……言ったかな……」


 その言葉に、村の空気が止まった。

 風の音すら遠くに感じる。



「村では……」


 シラガが、重く口を開いた。


「そのように呼ぶ者もおりまして、

 病の折より、火のそばにおる子がございます……」


 必要以上を語らず、偽りも告げない。

 シラガは、ゆっくりと慎重に言葉を選んでいた。


「皆が、そういうものとして見始めた、

 ただそれだけのことです……」



 オシが、村の集まりに視線をむける。


 その視線の先にいるのは、

 火床の傍らに立つ、イミコだった。


 翡翠は隠してある、貫頭衣も粗末なまま。


 村に使者が来てからは、

 ずっと村人たちに紛れるように動いてきた。


 だが、村人たちの立ち位置が、微妙に違っている。


 誰も、イミコを押し出すことがない。

 無造作に横切る者もいない。

 皆が、火床のそばを自然と空けて立っていた。


 誰も意識してないはずなのに。

 それでも、その形が、もうはっきりと見えていた。


 無意識のうちに育った信仰が、

 目に見える輪郭として、そこに在った。



「一見すると、ただの子……、

 だが、この村は、あれを中心に寄っているな」


 オシが小さく呟く。


 シラガは何も言い返さなかった。

 否定も、肯定もしない。


 その曖昧さが、かえって村の今を語っていた。



「……あれが、火の巫女なのだな」


 シラガが答えないのを承知のうえで、

 もう一度、オシは言葉にした。


 確かめるためであり、

 それが、三輪へ持ち帰るための言葉なのだろう。



――――――――――


 重い沈黙を先に破ったのは、シラガだった。


「ひとつ、お願い申し上げたいことがございます」


「なんだ」


「ご覧の通り、村は流行り病にて、人も田も傷みました」


 シラガは杖をつき、さらに深く頭を下げる。


「なんとか立ち直りつつはありますが、

 次の納めものにつきましては、どうか……」


 その声には、老いた長の矜持きょうじと、

 村を背負う者の苦しさが滲み出ていた。


 病を凌ぎ、村を守っても、

 それで終わる話ではなかったようだ。



「ふむ……」


 オシは空を見上げるように顔を上げた。


「そのことも含め、三輪様へ、伝えよう……」


 赦しとも拒みとも取れぬ、曖昧な答えだった。

 だが、ここまでが最大の譲歩だろう。


「ありがたく存じます」


 シラガは、再び深く頭をさげた。



「それでは我らはゆく。

 この村の歓待の義はよく伝えておこう」


 使者たちは短く頷き、身を翻す。


 その時、ジンが、

 もう一度だけ振り返った。


 視線は火床の傍らに立つ、イミコへ。


 そして、少し離れたところに立つ、俺へ。


「…………」


 何も言わない。

 だが、その目は確かに、俺たち二人を捉えていた。



 三人の背が、村の外れへと消えていく。


 見えなくなっても、

 しばらく、誰も口を開けなかった。


 朝の風が草を揺らす音だけを、

 皆、ただ聞いていた。



――――――――――


 やがて、最初に声を出したのはタケだった。


「火の巫女が、目を付けられたぞ」


 吐き捨てるような声だった。


 だが、その言葉は鋭く、

 村人たちの胸へ深く突き刺さった。



「これで終わりじゃねぇ……、

 西が見たなら、次は、北も嗅ぎつけるだろう」


三野之稲置みののいなきか……」


 シラガが低く息を吐く。


「来るだろうよ」


 タケが舌打ちまじりに続けた。


「病で潰れかけた村が持ち直したどころか、

 村には見知らぬ仕掛けだらけ……」


 そこで、タケは俺に視線を向ける。


「これで、怪しまないほうがおかしい」



「少し、説明してもらっても良いですか」


 俺は、二人に声をかけた。


 昨日の使者の来訪から、

 ここまで、知らない情報が多すぎる。


「ああ、まず、初めに……」


 タケが自信満々に胸を張る。


「この辺りは、我が那婆理なばりの一族が、

 北の伊賀から切り開くために訪れた土地なんだ」


「して、その後、わしら名張なばりの御先祖さまも、

 西の三輪様から派遣されて来たわけだが……」


 シラガは、名張の山に視線を向けながら。


「この深い山村、お互い、色々ありながらも、

 今の形を築き上げてきたのだが……」


 深いため息をついた。



 つまり、何世代に渡り争いながらも、

 お互いに生き残るために手を取り合ったなか、

 そこに、件の流行り病による危機が迫ったわけだ。



「そして、この、ナバリの村は、

 祖となる二勢力に挟まれるように従っていると」


「いつも、一方的に奪っていきやがって、

 ここはもう、我らの土地だ」


 タケは苦々しく言い放つ。

 自ら進んで従ってるわけではなさそうだ。


「そうは言うても逆らうことなど、

 とても、わしらには……」


 シラガは背中を丸めていた。



――――――――――


「なるほど、よくわかりました」


 広場に残った火の匂いを吸い込みながら、

 俺は、考えをまとめる。


 西からは三輪の一族。

 北からは伊賀の一族。


 外から手が伸びてくるというのなら、

 この村に必要なのは、抵抗するための力だ。


 そのためには人がいる。

 力は、数だ。


 人を集めるためには糧がいる。


 火や、水を守りながら慎ましく生きる。

 そんな甘えは許されないようだ。



「……にぃに……」


 イミコが、隣から裾を引く。


「……また、がんばるの?」


 その問いに、おもわず笑いがこみ上げた。


「そうだな、頑張らなきゃな」


 深刻に悩むことではなかった。

 ただ、やるべきことをやるだけのこと。


 今までと変わりない。



「次は、もっと、皆が食べられるようにしよう」


「……おなか、すかないように?」


「ああ、皆が、もっと笑顔になるようにな」


「……みんな、笑顔……嬉しい……」


 イミコは、微笑んだ。


 その胸元に、

 翡翠の勾玉を秘めながら。


 今は、まだ、ただの女の子として。


 名張の火は、その姿を、照らしていた。



■【185年:春】三章「村の開拓編」~完~

「第三章」まで、お読みくださり、ありがとうございます。


次からは「第四章:糧を増やす」が始まります。


徐々に迫りくる「外部の手」に備えて、二人の兄妹が、

これからどうなっていくのか、引き続き、お見守り頂けたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
次は食料ですか人口が増えていくと収穫量が増えても相対的な貧困度はあがりましからね 稲作は普及している頃ですか お兄ちゃんどんな手法をイミコちゃんがちゃんとご飯食べられるよう頑張れ 体験談2点 竪穴式住…
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