表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:春】三章「村の開拓編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/63

第二十話 三輪からの使者

「た、大変だぁーっ!」


 名張の朝。


 穏やかな中央広場に、

 甲高い声が響きわたった。


 火床のまわりにいた者たちは、

 何事かと顔を上げる。


 駆け込んできたのは、

 先日、流行り病から助かったばかりの子。


 コイシだった――



「外に、知らないおとなが三人! こっち来る!」


 ざわりと名張の空気が変わる。



「どこまで来ておる」


 村の長、シラガが、すぐに杖を手に取った。


「村の、入口の、橋のとこっ……」


「行くぞっ」


 イワホコは石斧を片手に飛びあがる。

 男衆たち、すぐに棍棒へ手に伸ばしていた。


 女衆は、作業の手を止め、

 腕に抱えていた草束や、土器を胸元へ寄せた。



 その場に、もうひとつの顔。


「ちっ」


 もう一人の那婆理なばりの主、タケが舌打ちをする。


 まわりの取り巻きたちと一緒に。

 先程、狩猟から戻ったばかりのところだった。


「おい」


 タケは、ぶっきらぼうな声をあげながら、

 俺の隣にいるイミコを指差した。


「それは、しまっとけ、外の奴に見せるもんじゃねぇ」


 イミコは、一度、きょとんとしてから。

 ゆっくりと自分の胸元を見下ろす。


 貫頭衣かんとういの襟の間から、

 緑に輝く翡翠の首飾りが姿を覗かせていた。


「……これ?」


「早くしろっ」


 タケの言葉遣いは荒い。

 だが、その声に棘は感じられなかった。


「んっ……」


 イミコは、小さく頷くと、

 首飾りを衣の中へ押し込んだ。


「……にぃに、なんだろね……」


「とりあえず橋に向かおう」


 なにもわからないが、

 緊急事態だということだけは、わかった。



――――――――――


 村の入口側の橋には、

 すでに、村人たちが集まっていた。


 作業の手を止めれる者達は、

 みんな、駆けつけているようだった。

 


 村の先頭に立つのは、

 名張なばりのシラガと、那婆理なばりのタケ。


 その後ろに、イワホコが石斧を手に立っている。

 その横に俺も並ぶ。


 他の村人たちは、さらに後ろに控え、

 イミコも、最後尾で紛れるように並んでいた。



「なにが起きてるんですか?」


 隣のイワホコに小声で話しかける。


「あとで話す、今は口を閉じてろ」


 イワホコは、こちらに視線を向けることもなく、

 橋のむこうに顔を向けたまま答えた。


 その額には大粒の汗が浮かんでいる。



 橋のむこう側には、三人の男の姿が見えた。


 長い道のりを徒歩で来たのだろう。


 その脚には旅の土がこびりつき、

 羽織りの裾には、乾いた泥が薄く残っていた。


 その三人の手には、槍が一本ずつ握られている。



 それらの三人組は、

 環濠の外から村を遠巻きに見てまわっていた。


 それらが終わると、真ん中の年長らしき男が、

 こちらに橋を渡りながら口を開く。


「名張の村で、よいな」


 シラガが一歩前に出て、頭を下げる。


「名張の村を預かる、シラガにございます」


「三輪の御方より、様子を見よとの仰せで来た、我はオシ」


 こちらへ話しかけるというより、

 一方的に通告するという響きが声に込められていた。


 三輪からの使者、オシは言葉を続ける。


「流行り病にて、潰れかけておると聞いたが……」


「たしかに、そのような時もございました。

 ですが、今は、少しずつ、立ち直ってきております」


 シラガは、頭を下げたまま、話す。


 まわりの村人たちは誰一人として声を発さず、

 皆、一様に固く押し黙っていた。



 橋のむこうの使者二人は、

 その間も、村の様子を伺っている。


 その一人は屈強な体付きの若者。

 その顔には、なにやら驚きの表情を浮かべていた。


 もう一人は目つきの鋭い、背丈の高い男。

 村の火床や、物の位置を確認しているように見える。



「中を見せてもらうぞ」


「どうぞ」


 シラガは、そう言うと、

 橋の脇に身を引いて道をあけた。


 その間、タケは、終始無言のままだったが、

 シラガと肩を並べて立つことだけは崩さなかった。



――――――――――


「……ほう、これは」


 最初に、三輪の使者が目を止めたのは、

 中央広場の火床だった。


 燃え盛る火の上には土器が掛けられ、

 白い湯気が、絶えず立ちのぼっている。



「ジンよ、以前は、このような物、

 無かったように思えるが……」


「はい、なかったはずです」


 目付きの鋭い背丈の高い使者が、小声で答えた。



「サンよ、あれはなにをしてるのだ」


 そう年長の使者が指差した先。

 火床の傍では、アサメが薪の数を確かめていた。


「火を、切らさないようにしているのかと……」


 サンと呼ばれた若い使者の答えは、歯切れが悪かった。

 そこに、シラガが答えを差し出す。


「あれは村の者が使う湯を用意してます、

 水を、そのまま、飲ませぬようにしております」


「水を、か……」


 土器から立つ湯気を見つめながら、

 年長の使者は、ぼうぜんと声を漏らしていた。



――――――――――


 次に、名張の村人を引き連れたまま、

 使者が向かったのは水場。


 一度来た道を戻り、橋を越えてから沢に向かう。


 その間も、皆、口を塞いで従っていた。



 沢では、数人の女衆が作業をしていた。

 大石を境に、上と、下で作業が分けられている。


 上は、飲む水。

 下は、洗いものや、汚れの出る作業。


 村の者たちは、それらを当然のように守り動いていた。



「この石はなんだ?」


「ここより上を汚さぬための境にございます」


「……ほう、それは誰が決めたのですか」


 ジンと呼ばれた長身の使者が、目を光らせた。


「……村の皆で決め、皆で守っております」



――――――――――


 村に戻る道すがら。

 若い使者が、環濠の流しに目を付けた。


「なんだ、あれは……」


 石、砂利、砂、炭。

 流れる穢れを清めるための工夫である。


「溝の臭いが薄いですね」


 長身の使者が不思議そうな表情を浮かべる。


「ふむ、これは……、

 ただ病が過ぎ去っただけではないな……」


 年長の使者であるオシは、

 その眉間に、しわを寄せて傾斜を見つめていた。



 村の見回りを終え、

 広場に戻る頃には日が傾きはじめていた。


「粗末な小屋ではありますが、

 今宵は、どうか村でお休みください」


 シラガが頭を下げて、使者を村に迎え入れる。


「では、そうしよう」


 年長の使者は、あっさりと頷いた。

 初めから、そのつもりだったのだろう。



――――――――――


 夜のとばりが下りる頃。


 水を入れた土器と、

 食べものを乗せた器を持って、

 俺は、使者の滞在する小屋を訪れていた。



「失礼します」


 小間使いのような役は、

 村の、幼い者がやるのも普通のことだった。


 使者たちの様子を近くで窺うため、

 俺は、その役を買って出た。



「はいれ」


 相手の声を確認してから、戸口をくぐる。

 中は囲炉裏の火に照らされていた。


 三人の使者は、それぞれに腰を下ろしている。


「失礼します」


 頭を下げてから水を差し出した。

 年長の使者は、器を受け取りながら俺を見る。


「お前は、ここの若い衆か」


「はい」


「名は」


 ほんの一拍、喉が詰まる。


「……イミナと申します」


「そうか」


 年長の使者は、それ以上は問わなかった。


 村の外では「忌み」の名は、

 特に、気にするものではないようだ。



「環濠のあたり、あまり臭いませんでしたね……」


 サンと呼ばれていた若い使者が呟いた。


「村の内側もだ、とても病村の臭いではない……」


 ジンと呼ばれる、背丈の高い鋭い目付きの使者が返す。


「それに、作業する者たちの動き、

 火も、水も……掟で上手くまわっておるわ……」


 オシと名乗った年長の使者が、水の器を手に呟いた。



「掟……」


 ジンが繰り返す。


「村人の迷いのない目を見ろ、

 あれは、誰かに従っている者たちの顔だ……」


「そういえば、村のどこかで……、

 誰か口にしてたな……火の、巫女……」


 サンが、記憶をたぐるように呟いた。


「火の巫女……まさか、あれか……?」


 ジンが戸口に立つと、外に視線を向けた。



 俺は、俯いたまま、外の気配に耳を澄ませた。


 小屋の外からは、

 幾人もの行き交う足音が聞こえる。


 誰かが薪を足し、誰かが湯気を確かめる。

 その中で、遠く、女衆たちのひそかな声もする。


 話の内容までは聞こえないが、

 そのなかには、イミコの声も聞こえた。



「なにか、ありそうですね……」


 サンが、二人の目を見る。


「村ごと、形を変えたか、

 あるいは……どこかの手が入ったか……」


 オシが呟く。


「これは、北も黙ってないでしょう」


「おいっ」


 オシの嗜める声で、サンは押し黙った。



「それでは、何かあれば、お呼びください」


 その場の三人からの視線が集まるのを、

 素知らぬ振りをしながら、俺は小屋を後にした。



――――――――――


「ふぅ……」


 小屋の外に出ると、

 冷たい夜気が、頬に触れた。



 村の中央では、火床の明かりが、

 ぼんやりと暗い村に照らし続けている。


 そこには人が寄り、湯気が立ち、

 それらは誰かの命を繋ぐ。


 このすべては、

 もう、ただの火ではない。


 三輪の使者たちは見逃さなかった。



 火床のむこうから俺に笑顔をむける、

 イミコの小さな影を見つめながら、


 俺は、静かに息を吐いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ