第二百二十二話 まずは二繋ぎの筏から
ひとつ。
ふたつ。
みっつ、よっつ……。
いくつもの筏が、
数珠のように繋がり、川を下っていく。
それが「名張川の筏流し」だ――
後の世に行われていたという、
その光景が、はっきりと脳裏に浮かぶ。
長く連なった筏が、川の曲がりに合わせて、
蛇のように向きを変えていく。
それを再現できれば、
大量の丸太を一度に運べるはず。
ただ、問題は、その繋ぎ方。
後世の姿は思い浮かぶものの、
どのように縄を結び、どう操っていたのか。
まあ、最初は、二つから――
それくらいなら、
さほど、難しいものでもないだろう。
* * *
「イミナ、準備できたぞ」
不意に飛んできたイワホコの声に、
俺は、はっと顔を上げる。
見上げれば、雲ひとつない夏の青空。
川のせせらぎと、草木を渡る風が、
心地よい涼しさを運んでくる。
その目の前には、二つの筏が、
前後に並べられていた。
「言われたとおりに繋いでみたぞ」
イワホコが、得意げに胸を張る。
前後の筏が、
別々に向きを変えられるよう。
繋ぎ部分の縄に余裕を持たせてあった。
「これは見事ですね」
試しに、後ろの筏を横へ押すと、
前の筏とは違う方向へ動いてくれた。
「あとは、川で実際にどうなるかだな、
さっそく試してみるぞ」
「おう」
タケの声に、那婆理の男たちが動き出した。
――――――――――
夏の日差しを受け、
眩しく、きらめく名張の川面。
そこへ、二つの筏を浮かべる。
「行くぞ!」
前の筏にタケが立つ。
「おう!」
後ろの筏では、二人の那婆理の民が、
長い棒で川底を突いた。
すうっと――
先頭の筏が、川の流れに乗る。
続いて、筏を繋ぐ縄がピンと張り、
後ろの筏も動き出す。
「おお、動いたぞ!」
筏を繋いだイワホコが、
喜びの声をあげた。
「これなら、丸太をいくらでも運べるな」
他の名張の若衆たちの間にも歓声があがる。
「よし、計画通りだ」
ふたつ繋ぎの筏が、
まっすぐな川筋を順調に進んでいく。
その動きに淀みはない。
この調子なら、
三つ、四つと増やしていけるだろう。
そして、問題の場所。
下流にある岩場へ、
二繋ぎの筏が差しかかる。
「十分に引きつけろ!」
前に乗るタケが、後ろの二人へ声をかける。
手慣れた様子で長い棒を突き、
岩を避けるように筏の向きを変えた。
上手い。
さすがは「川流れ」に慣れた男たち。
だが――
「……あれ、あぶない……」
イミコが、誰よりもいち早く声をあげた。
その視線の先を辿ると、
後ろの筏が、思うように動いてないのがわかる。
先頭の筏が、川の外側の速い流れへ乗った。
だが、後ろの筏は、
まだ内側の緩やかな流れに残されていたのだ。
その、わずかな差が生じた時、
ふたつを繋いだ縄が斜めに伸びきった。
「おいっ! そっちじゃねえ!」
「わかってる!」
後ろの那婆理の男たちが、
必死に棒で川底を突く。
だが、先頭の筏に引っ張られて、
思うように向きを変えることができない。
ぎゅうっ――
筏を繋ぐ縄が、さらに強く張りつめる。
「あぶないっ」
次の瞬間。
ごつんっ!
岸寄りの浅瀬に突き出た岩に、
後ろの筏の端がぶつかった。
「うおっ!」
筏が大きく揺れる。
後ろの筏に乗っていた男たちは、
慌てて腰を落とした。
「にぃに! あぶない!」
イミコが、俺の腕にしがみついてきた。
「……っ!」
目の前の光景に思わず息を呑む。
だが、岸の俺たちにどうすることもできない。
「くそっ、引っ張るな!」
「こっちだって、どうにもならねえ!」
タケは長い棒を川底へ突き立て、
必死に、先頭の筏の向きを保っている。
だが、後ろの筏は完全に岩に引っかかり、
それ以上はどうにもならない。
「タケ! 無理だ、それ以上は動くな!」
岸から、長く船頭をしてきた、
年嵩の男の声が飛ぶ。
「そのまま、筏を止めろ!
浅瀬の岩を伝って、岸へ戻ってくるんだ!」
誰よりも川を知る船頭。
その言葉に、タケたちも従うしかなかった。
――――――――――
「ふぅ、まいったな。
さすがに死ぬかと思ったぜ」
筏を乗り捨ててきたタケたち三人。
ずぶ濡れになりながら、
岸で待っている俺たちと合流した。
「みなさん、怪我がなくてなによりです」
「よかったぁ……」
イミコも、隣で胸を撫で下ろす。
「もっと、うまくできると思ったんだがな」
タケは、岩に引っかかった筏へ視線を向ける。
「みなさんに手落ちはありません。
俺の考えが、甘かったようです……」
俺は、頭を下げた。
大事な名張の民を危険に晒したのは、
間違いなく、俺の案なのだから。
「うーむ……」
イワホコが、若衆たちの手によって、
岩から岸辺へ引き上げられる筏を見つめる。
前後を繋ぐ縄には、
強く引かれて擦れた跡が残っていた。
「思ったより難しそうですね」
岸に引き上げられた筏のそばへ、
俺も駆け寄り、その状態を改めてみる。
「こんなに難しいとは」
幾つもの筏の列が川を下る未来の風景が、
俺の脳裏には、浮かび上がっている。
だが、それを実際にやってみたら。
たった二つの筏を繋げるだけで、
この有様だ。
そんな俺を嘲笑うかのように。
名張の川の水は、何事もなかったように、
今も、岩の間を流れ続けていた。
「いやぁ、困りましたねぇ……」
「そうだな」
イワホコも、隣で頭を掻きながら、
苦笑いを浮かべていた。




