第二百二十一話 架橋編:名張川の筏流し
ざぶん――
名張川の上流に、水しぶきがあがり。
ひとつ、またひとつ。
小さな筏が、
川の流れに押し出されていく。
「よし、行くぞ!」
那婆理之稲置武――
タケは先頭の筏に乗り込むと、
長い棒を手にして、その川底を突いた。
「お試しですから、気を付けてくださいね!」
「おう、任せとけ!」
タケの筏が動き出す。
その後ろを、他の那婆理の男衆たちも、
それぞれの筏で乗り出していく。
この辺りに古くから伝わるという「川流れ」だ。
今日は、その様子を、
実際に見せてもらうことになっていた。
「わぁ、もう、あんなところまで!」
隣でイミコが目を輝かせる。
名張川の岸辺には、
名張の村人たちも集まっていた。
「さすがは那婆理の男たちだな」
イワホコが、感心したように声をあげる。
「あれを俺たちもやるのか……?」
「さすがに無理だろ」
名張の若衆たちは目を丸くしていた。
――――――――――
川の流れに乗った筏は、
思っていたよりも速く進んでいく。
俺たちは岸に沿って歩きながら、
筏の流れる様子を、追いかけていた。
「いかだ、はやいね!」
「本当だね」
水上の筏は、陸上を歩く俺たちから、
どんどん距離を離していく。
ところが、川の曲がりに差しかかると、
先頭のタケが姿勢を低くする。
その行く手には、水面から突き出た岩が見えた。
「あっ、危ない!」
背後から誰かの声があがる。
「ふんっ!」
タケは、もう一度、
長い棒を川底へ突き立てると。
ぐい、と――
筏の先が横をむいた。
丸太の端が岩の脇をかすめ、
水しぶきをあげて通り抜けていく。
「おおっ!」
「すごぉい!」
「ふんっ」「ほっ」
後ろに続く那婆理の男たちも、
一人、また一人と、巧みに岩をかわしていく。
「よくもまあ、あんなに上手く操れるもんだ」
隣のイワホコが、感心したように呟く。
「ほんとですね」
川を下るだけなら、
流れに任せればいいと思ったが。
「岩を避け、狙った岸へ辿り着くには、
相応の腕が必要なんですね」
やがて、川を下ったところ。
流れの緩やかな岸へ、筏が近づいていく。
「腕は落ちてないようだな、タケ」
目的地に先回りしていた若衆が、
岸から縄を放る。
「あたりまえだ」
縄を受け取ったタケは、
岸の木に回して引き寄せていき。
筏は、ゆっくりと止まった。
――――――――――
「どうだ、イミナ」
筏から降りてきたタケは、
少年のような笑顔を浮かべていた。
「お見事です」
俺も、思わず笑みを返した。
「これなら、丸太を、
運べるかもしれませんね」
「だが、橋に使うような太い木となりゃ、
こんなに軽くはいかねえぞ」
筏の丸太を、タケは手に持つ棒で叩く。
「それに、これじゃ、
一度に運べる数も知れてるぞ」
イワホコが、口を挟んできた。
橋を造るためには、大量の丸太が必要になる。
「一度に運ぶ丸太を増やそうとすると、
その分、筏が大きくなってしまいますね」
筏を大きくすれば、先ほどのような岩場を、
越えるのが難しくなるだろう。
俺は、岸に繋がれた筏を見つめた。
「それならば……」
頭の中にある膨大な知識から、
俺は、情報をさぐる。
大きくするのではなく――
「タケさん、この筏を、
もう一つ繋げられませんか?」
「繋ぐ?」
「前と、後ろで、
ふたつ繋ぎの筏にするんです」
俺は、地面にしゃがみ込み、
指先で二つの筏を描いてみせた。
「これなら、一度の川流れで、
ふたつ分の丸太を効率的に運べます」
「これじゃ曲がれねえぞ、
さっきの岩場で後ろとぶつかるだろう」
タケは、絵を覗き込み、眉を寄せた。
「たしかに……」
繋ぎ方を変える必要があるか。
「ふたつの筏が、別々に向きを、
変えられるようにしたらどうでしょう」
「別々に?」
「筏と筏の間を、少し余裕のある縄で繋ぐんです。
そうすれば、曲がる時にも動けるんじゃないかと」
二つの筏の間に、
俺は、短い線を描き足していく。
「前の筏が曲がったあと、後ろも、
すこし遅れて曲がれると思うんですよ」
「だが、先の筏だけ速い流れに入ったら、
後ろの筏が引っ張られるぞ」
タケが声をあげる。
「縄が切れたり、ひっくり返ったり、
するかもしれねえな」
イワホコが、興味深げに顎に手を当てる。
「安全と、安定性に難ありか……」
繋げば済むという簡単な話ではない。
けれど、川を知る人たちが揃っているのだ。
試してみる価値はあるだろう。
「だが、発想は面白えな。やってみるか!」
「繋ぎの縄なら、俺たちで作ってみるか」
イワホコの声に、まわりの若衆たちも頷いた。
俺の持ち出した朧げな知識。
そして、この川を知る者たちが、
長い年月をかけて培ってきた経験。
それぞれの知恵が。
今、ひとつに結びつこうとしていた――




