第二百十七話 夏の実り
ざっ、ざっ――
草を引き抜く音が、
畑のあちらこちらから聞こえてくる。
夏の陽射しは容赦がない。
少し腰をかがめて作業をしただけで、
額から汗が流れ落ちてきた。
「ふぅ、暑いなぁ」
抜いた草を脇へまとめると、
一度、俺は腰を伸ばして畑を見渡す。
名張の環濠の外。
以前から耕していた畑では、
夏の作物が、青々と葉を茂らせていた。
その向こうで。
環濠の外から働きに来た者たちが、
新しい畑を拓くため、盛んに土を起こす。
俺と、イミコも、
今日は畑仕事の手伝いをしていた。
「にぃに~!」
「ん?」
振り向くと、イミコが、
畑の端にしゃがみ込んでいた。
「こっち、なんかあるよ!」
「何かって……?」
手についた土を払いながら近づく。
そこは、耕された畑の外れ。
刈り残された草の間に、
大きな葉が幾重にも重なっていた。
「ほら、これ!」
イミコが、小さな手で葉を持ち上げる。
その下には丸みを帯びた実が隠れていた。
「ウリじゃないか」
「うり……?」
「食べられる実だよ」
よく見れば、草の中を這う蔓は、
すぐ隣の畑から伸びていた。
名張の畑で育てていたウリが、
いつの間にか、畑の外まで広がっていたらしい。
「よく見つけたね、イミコ」
嬉しそうに笑う妹。
その隣に、俺もしゃがみ込む。
「えへへっ!」
そっとイミコの身体が寄ってきた。
「ん……?」
いつも隣に寄り添い、
俺の袖を掴んでくる妹なのだが。
今日は、そこからさらに半歩。
肩が触れ合うほど、すぐ隣にいる。
昨日の話のせいだろうか。
それとも、俺が意識しすぎているだけなのか。
「にぃに……?」
「え、あ……うん?」
「これ、とれる?」
イミコは、何も気にした様子もなく、
ウリの実を指さしていた。
「そ、そうだね……ちょっと待ってて……」
まったく。
何を考えているんだ、俺は。
「おお、ずいぶんと立派なウリじゃないか」
近くで畑仕事をしていたイワホコが、
茂みのウリを覗き込んだ。
実を持ち上げ、色づいた表面を確かめる。
「これなら、すぐにでも食えそうだな」
「にぃに、採ってもいい?」
「一緒に取ってみようか」
「うんっ!」
俺は、懐から、
小さな石の刃を取り出す。
イミコには、ウリの実を下から支えてもらう。
「落とさないようにね」
「まかせて!」
実の付け根から伸びる蔓へ刃を当て、
慎重に切り離していく。
ぷつん――
「よし、取れた!」
「わぁ……!」
イミコが、両手で、
収穫したウリを抱きかかえる。
その小さな腕には、
すこしばかり大きすぎる実だった。
「にぃに、みて!」
「立派だね」
「わたしが、みつけたの!」
満面の笑みを浮かべるイミコ。
「たいしたもんじゃねえか」
イワホコも楽しそうに笑っていた。
――――――――――
「いやぁ、今日は暑いなあ」
昼時になると、畑で働いていた者たちが、
木陰へ集まってきた。
木鍬を置き、汗を拭いながら、
皆が思い思いに腰を下ろしている。
「みなさん、おつかれさまです。これをどうぞ」
俺は、籠に集められていたウリを取り出した。
先ほどイミコが見つけたウリも、その一つだ。
「水気が多いので、
暑い日にはありがたいですよ」
汲んできた水で皮についた土を洗い落とし、
石の刃で、実を縦に割った。
中の種とワタを取り除き、
皮を残したまま、細長く切り分ける。
淡い色をした果肉が、
木漏れ日を受けて、瑞々しく光っていた。
「はい、イミコ」
「わぁ……!」
イミコは、切り分けたウリを、
その両手で大切そうに受け取った。
「たべても、いいの?」
「もちろん、イミコが見つけたんだから」
「いただきますっ!」
しゃくっ。
小さな口でひと齧り。
イミコの頬が、ゆっくりと膨らんだ。
「……んっ! あまい!」
嬉しそうに、もうひと口。
その口元から、こぼれそうになる汁を、
慌てて舌で受け止めている。
「どれどれ」
俺も、ひと切れ口に運んでみた。
しゃくっ――
歯を立てると、瑞々しい果肉が崩れ、
ほのかな甘みが口いっぱいに広がった。
俺の知る果物ほどの甘さはない。
それでも、この夏の暑さのなかでは、
なんともありがたい味だった。
「うまいなぁ……」
「身体が涼しくなるのう」
「もう一つ、食いたくなるな!」
「ははは、まだ仕事が残っておるぞ!」
名張の者も、
環濠の外から働きに来た者たちも。
ひとつの木陰に腰をおろし、
収穫した実を、皆で分け合っていた。
そこから離れたところでは、
今日の働きを終えた者たちに穀が分けられている。
受け取った男は、籠の中身を確かめると、
嬉しそうに笑って家路につく。
* * *
名張へ来たばかりの頃は、
今日の食べものを探すだけで精一杯だったのが。
あれから二度目の夏。
環濠の廃棄物から作る肥料のおかげか、
水を分けたのが功を奏したのか。
今年の実りも豊かだ。
今も、多くの人々と実りを分かち合えている。
* * *
「順調だなぁ」
そんなことを考えながら、
俺は、残っていたウリを口にした。
「にぃに!」
「ん?」
イミコが、食べ終えたウリの皮を持って、
俺の顔を見上げていた。
「ほかにも、あるかな?」
「ウリ?」
「また、みつけたい!」
イミコは目を輝かせている。
たしかに。
畑の外へ伸びた実りも、
見逃さずに集めていきたいものだ。
「それなら、午後の作業が終わったら、
一緒に探してみようか」
「やったぁ!」
嬉しそうに笑うイミコ。
その向こうでは。
畑の青草が、夏の風に揺れていた。




