第二百十六話 縁結びの思惑
市庭には男衆たちの声が響きわたっていた。
イミコは、まだ俺の手を握っている。
兄妹、か――
「あの、阿倍臣」
「なんだ」
「さきほどの葛城王との縁談ですが、
断っても、大丈夫なのでしょうか……?」
相手は、三輪君さえ軽んじられない大勢力。
その申し出を断るというのは、
葛城王の顔に泥を塗ることにならないだろうか。
「ふふ、葛城にとっては、
それでも構わぬことでしょう」
「そうなんですか?」
「うむ、まあ……少々、
ややこしいことにはなるがのう」
いや。
その、ややこしいことになるのが、
とても困るんですが。
「なに、まだ、私が持ちかけただけの話。
葛城王の御前で断ったわけではない」
「それなら安心しました」
「要は、葛城は、名張と縁を持ちたいのだ」
「それはなんとなく察してますが」
「嫁を迎えることだけが、
縁の結び方ではありますまい?」
阿倍臣は、ふと、イミコへ目を向ける。
「イミナ殿と、火の巫女さまが、
いずれ結ばれるというのならば話は早い」
「……はい?」
イミコと結ばれるなんて、
まだ、決まったわけではないが?
「その時は、さらに面白いことができそうですな」
阿倍臣は含みのある笑みを浮かべていた。
「何を企んでいるんですか?」
「いや、なに、少し思いついたことがありましてな」
「これは、俺や、イミコにとっても大事なことです。
どうか隠さずに教えてください」
「ふむ、そこまでおっしゃるなら……」
ただし、と人差し指を立てる。
「先に言うておくが、これはあくまで一例ですぞ」
「一例?」
「まだ、私の胸の内だけの話にございます。
ゆえに聞いてもお怒りにななぬよう」
場合によっては怒られそうなことを、
考えているということか。
「……内容によります」
「うむ、まあ、それでよい」
阿倍臣は、俺と、イミコを交互に見比べた。
――――――――――
「イミナ殿を、三輪君の一門に、
火の巫女さまを葛城一門に迎えてもらうのだ」
「俺と、イミコを、別々の一門に……?」
例えば、俺が三輪の養子として、
イミコを葛城の養子として一族入りさせるとか。
「そのうえで、お二人が縁を結ばれたなら、
……いかがですかな?」
「葛城と名張の繋がりを強くする、
同時に、葛城と三輪の繋がりも太くなる」
「ふふ、そのとおりですな」
阿倍臣は、楽しそうに頷いた。
だが、それは裏を返せば。
俺とイミコが、二つの大勢力の間に、
挟まれるということでもある。
縁が増えるのはよいことだ。
けれど、結んだ縁を誰が握るかによっては、
首に巻きつく縄にもなりかねない。
「ずいぶんと大きな話ですね」
「だから、一例だと申し上げた」
「それに、イミコのことは、イミコが決めることです」
隣を見れば、イミコは俺の手を握ったまま、
何の話だろうと顔を見上げている。
「火の巫女さまを、
大切にしておられるようですな」
「あたりまえですよ、家族なんですから」
「うむ、とてもよいことだ」
その時だけは、何故か、
阿部臣の声が柔らかく聞こえた。
――――――――――
「まあ、大体の話はわかりました」
「もっとも、それだけではありませぬが……」
「まだ何かあるのですか?」
「ふふ、さて……どうでしょうな」
阿倍臣の目が、ちらりとイミコへ、
そして、荷の祭器たちに向けられていた。
これ以上、一体、何を企んでいることやら。
「葛城王の娘との縁談については、
先ほどの通り、辞退させて頂きます」
俺は、あらためて確認をする。
「今の一門に入る話につきましては、
心の内に留めておきますね」
「それがよろしいでしょう」
阿部臣はなんでもないといった様子で頷いた。
「急ぐことでもないしのう」
背後で話を聞いていたシラガも、
そう、小さく息を吐いた。
――――――――――
話をしている間に、
頭上の陽は傾きはじめていた。
市庭の向こうでは、
荷をまとめた者たちが歩き始めている。
「にぃに……おはなし、おわった?」
「とりあえずね」
「じゃあ、いっしょに、かえろ?」
いつもより、どこか、
不安そうな表情を浮かべていた。
「そうだね、山の小屋に帰ろうか」
「……んっ」
そういうと、イミコは、
嬉しそうに俺の手を強く握ってきた。
この小さな手が。
三輪と、葛城を結ぶことになる、か――




