第十八話 穢れを鎮める【下水整備・壱】
アサメを火の番にしてから、
村の空気は、確実に変わっていった。
誰もが声を上げやすくなった。
とくに、女衆からの声。
そして、そのなかでも、
特に多かったのが、
村の「臭い」に関する訴えだった――
――――――――――
「にぃに、どうしたの?」
イミコが俺の顔を覗き込む。
「ちょっとね、見てたんだ……」
村の声に耳を傾けて、
実際に歩きまわってみると、
たしかに、鼻のつく場所があった。
家の裏手、道の脇、
人の目につきにくい茂みの陰。
汚れた草、吐き戻したもの、腐りかけた何か。
「これは放置できないね」
「……きたない?」
「汚いし、よくない」
ひとつ片づけても、
また、別のところから臭う。
そして、一番の問題は村の外周である環濠。
環濠に最終的な暮らしの汚れは流されて、
取れない穢れが溜まっていた。
「穢れの流れの改善が必要だな……」
つまり、下水整備だ。
――――――――――
シラガとイワホコを連れ、環濠の傾斜へ出た。
ぬかるみ、黒ずみ、所々に澱み。
「……ぅ、くさぁ……」
イミコが鼻を押さえた。
「堀が臭うなど、あたりまえのことだろう」
イワホコが首をかしげる。
「暖かくなれば、また、病のもとになるでしょう」
俺が二人に説明をする。
「とはいえ、溝へ流すのを止めれば暮らしが立たぬぞ」
長であるシラガのいう事も、もっともだ。
「全部を止める必要はありません」
俺は、環濠へ向かう傾斜の地面を指した。
「穢れをそのまま落とさず、
一度、受けてから流すんです」
「……受けるとは?」
シラガが声をあげた。
「村から環濠へ流す傾斜に浅い溝を切ります。
その途中で穢れを分けます」
イミコが、はっとした顔で俺を見る。
「……おみず、わけたときの……」
イミコが目を輝かせた。
「そう、炭と、砂と、石のやつだ」
泥水を清めた時と、理屈は同じだ。
それを村の排水の規模で行う。
「石なら、すぐに集めれそうだな」
イワホコが、足元の石を蹴りながら言う。
「砂も、沢の下から運べますな」
シラガが続き。
「……すみ、ひろばに、いっぱい……」
イミコも、嬉しそうに声をあげた。
――――――――――
作業は村をあげて行われた。
男衆が溝を切り、女衆が砂を布に包んで運び、
子らが広場の炭を拾い集める。
「それじゃ、流すぞ」
村の内側から、イワホコが桶を傾ける。
汚れた水は傾斜を流れて、
浅い溝を伝い、受け場へ集まっていった。
受け場に溜まる汚水は、
じわりと、炭や、砂へ染み込んだ。
そして、あふれた分だけが、その先に流れ出る。
汚水が、環濠へ落ちる頃には、
その水の濁りは確実に薄くなっていた。
「穢れを清めるとは、なるほどのう……」
シラガが感心したように息を吐く。
「面倒は増えるが、病が戻るよりは、ましだな」
言いながら、イワホコが二杯目の桶を溝に流していた。
「そして、もうひとつ」
俺は、灰の入った土器を持ち上げた。
「臭いの強いところ、ぬめりの残るところには、灰を振ってください」
「灰を?」
「浅い流し溝の脇や、受け場の手前です。
臭いを少し抑えられるし、虫も寄りにくくなります」
「ほぅ、巫女の火が水を守り、その灰が穢れを抑える……」
そう呟く、シラガの言葉に、
まわりの村人たちの顔つきが変わった。
「すべて、繋がっておるのですな……」
――――――――――
村の作業が終わる頃には、日が傾いていた。
イミコと一緒に山の小屋に戻る前に、
もう一度だけ、俺は、環濠沿いを歩いてみた。
灰を振ったところは、
朝より、だいぶ落ち着いている。
受け場には、すでに何度も水の通った跡があった。
その脇では女衆がひとり、
土器から灰をつまんで、ぬめった場所へ振っている。
皆が、各々で考えて動き始めていた。
「……むら、きれいになるね」
イミコは環濠の向こうを見ていた。
「……おみずも、ひも、よごれも、
……みんな、ばらばらになってきたね……」
「わかるのか?」
「……ぅん。まざらないほうが、いいんでしょ?」
俺は笑った。
イミコは、よく見ている。
俺の言葉から、
きちんと、その本質を理解しようとしていた。
「ああ、その通りだ」
夕暮れの風はやわらかく、
村の上空を吹き抜けていった。
臭いは、少し、和らいでいた。
実際に「環濠集落」のまわりの溝からは「生活ごみ」の痕跡が発見されているらしく、当時の衛生環境は良くなかったのではないかなと想像してます。
そんな「当時のごみ問題」について描いてみました。
そして、あと一話ほど「ごみ問題」に関する話が続きます。




