第二百十三話 神を宿すものたち
「ほう」
阿倍臣が足を止める。
名張の市庭。
並べられた土器や木工品を、
興味深そうに眺めていた阿倍臣だったが。
その視線が、ある一角で止まった。
「これは、加茂の丹ではないか?」
「そうですね」
そこに並んでいたのは、
鮮やかな朱色に彩られた祭具だった。
赤く塗られた木の杖。
神への供物を載せる小さな台。
そして、鳥をかたどった木の祭具。
どれも、榛原の加茂で見たものだ。
「ふむ……」
阿倍臣は、鳥の祭具を手に取る。
木目には粗さが残っていた。
丹の朱には、ところどころに色むらもある。
それでも――
「これは、見事な赤ですな」
「阿倍臣も、加茂の丹をご存じなのですか?」
「存じておりますとも」
阿倍臣は、祭具を傾けながら答える。
「以前、イミナ殿が三輪君へ献じられた丹。
私も拝見しました」
阿倍臣は、祭具の表面を眺める。
「それが、今ではこうして、
市庭にも並ぶようになったのか……」
「細工は粗いようですが……」
「なに、構わぬよ」
阿倍臣は、穏やかに笑う。
「神へ捧げる品は、
細かく彫ればよいというものでもあるまい」
「そういうものですか」
「何のために作り、誰へ捧げるのか。
それが肝要ですな」
そう言って阿倍臣は、
他の品々にも目を向けた。
「この鳥と、そちらの杖……。
それに、あの小さな台も貰おうか」
「ありがとうございます!」
品を並べていた加茂の商人は、
嬉しそうに頭を下げた。
「では、あとは頼んだ」
阿倍臣が背後に目を向けると、
付き人の一人が、背負っていた籠をおろす。
中から交換用の布を取り出すと、
商人とのやり取りを始めた。
「にぃに、あかいの、いっぱい……」
イミコが、市庭に並ぶ品を見つめる。
「加茂で作られたものだよ」
「かみさまの、に……?」
「そうだね」
それだけを確認すると、
イミコは、嬉しそうな表情で、
赤い祭具に視線を戻して眺めていた。
――――――――――
「阿倍臣は、こうした祭具を、
よくお使いになるのですか?」
「うむ」
阿倍臣は、静かに頷いた。
「古来より、阿倍の筋は、
祭器の扱いを任されておってな」
「……ああ、それで以前、三輪山の麓に?」
後に大神神社と呼ばれることになる、
あの、神域の入口。
以前、阿倍臣と出会ったことを思い出した。
「まあ、そのようなものだ」
阿倍臣は軽く笑う。
「我らは、あの三輪山を御神体として、
大物主を崇めておる」
「三輪山、そのものを崇めるのですか?」
「さよう」
阿倍臣は、穏やかに頷いた。
「あの山にある木々も、石も、水も。
それらのすべてが神の鎮まる山のものとなる」
「ゆえに、山を荒らさぬように守り、
手入れをすることが、神への敬いなのだ」
「なるほど……」
山そのものが神の鎮まる場所。
その地を守り続けること、
それ自体に意味があるということか。
* * *
考えてみれば。
名張では、巫女の火を守り。
山神たちは、大石を神として祀るという。
加茂の者たちは鴉を敬い、
山の神を畏れながら暮らしていた。
それが、三輪では、
三輪山を、大物主の鎮まる場所として崇める。
祀るものも、祀り方も違う――
だが、自然のなかに神を見いだし、
それを畏れ、敬う。
その根にあるものは、
案外、似ているのかもしれない。
* * *
やがて、交換を終えた付き人が、
包んだ祭具を籠へ収めた。
「ふむ、よいものを手に入れた」
阿倍臣は、満足そうに笑う。
「名張へ来た甲斐がありましたな」
「それはなによりです」
加茂で見つけた「丹」の価値が、
こうして三輪の祭事にも繋がってゆく。
なんとも、ありがたいことだ。
「ところで、イミナ殿」
阿倍臣が、ふと俺へ向きなおる。
その顔には、相変わらず、
柔らかな笑みが浮かんでいた。
「嫁を取る気はないか?」




