第二百十一話 環濠の外からくるものたち
ざくっ、ざくっ――
木鍬が土を起こす音が、
あちらこちらから聞こえてくる。
名張川に沿って、西へ。
宇陀に向けて畑が拓かれていた。
積み上げられた草木の根。
掘り返された、まだ湿り気の残る土。
その間を、多くの人々が行き交っている。
木鍬を振るう者。
石を拾い、籠へ集める者。
初夏の日差しの下、
誰もが、忙しなく手を動かしていた。
「見かけない顔が多いですね」
「ほっほっ、そうであろう」
シラガは、嬉しそうに髭を撫でる。
「この者たちは、環濠の外から、
働きに来た者たちじゃ」
「環濠の外から……」
「以前、おぬしが話した、
働き口の話が広まっておるようじゃ」
「働き口……」
その言葉に、思い当たる節があった。
以前、名張の市庭で、
イバラたち野盗の処遇として『役』を定めた時
環濠の外で暮らす者たちに、
働き口を用意する話をしていた。
「はじめは、わずかな者たちじゃったが、
働けば穀がもらえると、噂が広がったようじゃ」
「こんなに集まったんですか?」
「思った以上に集まってのう。
畑を広げるにも、ますます精が出るわい」
その時。
「おい、そこの石は、こっちへ運んでくれ!」
「おう!」
名張の男衆の声に、
見知らぬ男たちが応じていた。
大きな石を二人で抱えて、
畑の端へと運んでゆく。
その傍らでは、名張の女衆が、
新しく来た者へ木鍬の使い方を教えていた。
――――――――――
「でも、これほど多くの者が、
働きに来て、問題はないんですか?」
自分から始めた「働き口」だが、
まさか、これほどまでに人が増えるとは。
「穀は増やさねばいかぬのう、
次の実りに向けて、まずは田畑じゃ……」
シラガは、ゆっくりと頷いた。
「そして、皆も、最初は警戒しておった。
どこの誰とも知れぬ者たちが相手じゃからのう」
「ですよね……」
環濠の内と、外。
環濠の中に暮らす者は、
その土地の民として守りあう。
けれど、外で暮らす者は違う。
この時代において、その違いは、
俺の想像するよりも大きい。
「環濠の外に暮らし、働いた分の穀を受け取り、
それが済めば暮らす場所へ帰ってゆく」
シラガは、何でもないことのように笑った。
「これは、環濠の新しい形とも言えるじゃろう」
「たしかに……」
イバラたちへ課した役とも違う。
環濠の外で暮らしながら、
自らの働きで、食を得られる。
それが、働き口というわけだ。
「にぃに?」
隣から、イミコの声がした。
「みんな、いっしょにおしごとしてる」
名張の者も、環濠の外の者も。
同じ土を起こし、
同じ畑を作ろうとしている。
「かんごうの中も、外も……みんな仲良し……」
イミコは、畑で働く人々を見つめた。
環濠の外で暮らしたままでも、
こうして、名張と関わってゆける。
その積み重ねが、道の上の争いを、
少しずつ減らしてゆくのかもしれない。
そう願いたい――
――――――――――
「そういえば……」
俺は、シラガのほうへ振りかえる。
「働き口を求めて来た者たちは、
どうやって仕事を見つけているんですか?」
「多くは市庭じゃな」
シラガは、顎髭を撫でながら答えた。
「名張の者が、人手が足りぬと市庭で声を掛けて、
そこに働きたい者が集まってくるのじゃ」
「なるほど」
市庭で品だけでなく、
人と、働き口が結びつき始めている。
そういうことか。
「ほっほっ、そなたが言い出したことじゃが、
皆もよく考えておるわ」
「そうですねぇ……」
俺は、畑で働く者たちに視線をむけた。
あの時、俺がしたのは、
働き口を作ろうというだけの話。
それが、働きに来た者たちや、
村の者たちによって独自の発展を遂げている。
ひとりひとりの思惑が、
まるで、ひとつのうねりを作り出すようだ。
――――――――――
「道が、皆を繋げてくれているんですね」
俺は畑の向こうへと目を向ける。
宇陀へと続く道。
川に沿って西へ伸び、
やがて、山々の間へと消えてゆく。
あの道の向こうから。
今も、多くの人が流れてくる……。
「ん?」
ふと、道の向こうに、
こちらへ歩いてくる人影が見えた。
その顔に目を奪われる。
「え、あれって……」
俺は、思わず目を見開いた。
その顔には見覚えがある。
阿倍臣だ――




