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卑弥呼転生 ~妹を女王に、現代知識で邪馬台国を作る~  作者: 露李鈴
| 夏:十一章「道が生むもの」

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第二百十話 広がる世界

 暗闇の中、ひとりの少年の姿が目に浮かぶ。



 この世界に怒りを抱きながらも、

 まわりからの愛に飢え続け。


 それでも、妹を愛し続けた少年。



 俺ではない。


 もうひとりのイミナ。



 今、この名張に生きる妹の姿を見て、

 彼は笑えているのだろうか。




 ぱちっ――


 囲炉裏の薪の爆ぜる音で、

 我にかえる。


 目の前では、

 イミコが両手を火にかざしていた。


 眠たげに目を細めて、こちらを見上げる。



「あったかいね、にぃに」


 名張の山小屋。


 夏も近いというのに、

 森に囲まれた山奥の朝は、まだ肌寒い。



「にぃに、もう、どこかいかない?」


「しばらくは名張にいるつもりだよ」


「ほんと?」


 イミコは嬉しそうに笑い、

 俺の肩に触れるほど近くへ、ちょこんと腰を下ろす。


「えへへ……」



 北の城之越での戦を終えて、

 ようやく帰ってきた。


 すべての始まりとなった、この場所へ。



 争いも、駆け引きもない。


 ただ、妹と火を囲んでいるだけの時間。


 なんとも贅沢なことだ。



――――――――――


 小屋を出ると、さわやかな朝の風に、

 優しく頬を撫でられた。


 山際から下を見下ろすと、

 若葉を揺らす木々の間から、

 ずっと遠くに山並みが見えていた。



「この日時計も活躍してくれている」


 小屋の傍らに立つ一本の若木。


 その根元を、

 囲うように並べられた小石たち。


 陽の光を受けて、

 今も、その地面に細い影が伸ばしていた。



「にぃに、なにみてるの?」


「んー……ほら、あれ……」


 若木を指してから、

 そのまま、山の下へと視線を移していく。


 その、眼下に広がる名張の環濠。


 環濠入口にある市庭(いちば)の中央には、

 ここからでも目立つ大きな日時計が立っている。



「なんで、この日時計を立てたのか、

 いまならわかるよ……」


 イミコが、二つの日時計を見比べる。


 名張の山小屋と、名張の村を繋ぐ日時計。



「今頃は、三輪にも、三野にも……、

 波多にだって同じものが立っているはずだよ」


「みんな離れていても、いっしょ……」


 イミコは、嬉しそうに山の向こうを見つめる。


 その腰まで届くほどの綺麗な黒髪は、

 山風になびいて、まるで絵画のように美しかった。



――――――――――


 今日も、俺たちは山をおりる。


 一歩ずつ、木々の間を抜けるたび、

 名張の村が大きくなる。



 初めて訪れた時は、病に苦しむ者が、

 あちこちに倒れていた名張村。


 その川は生活排水に汚れ、

 飲み水にさえ苦しめられていたものだ。


 それも、今となっては懐かしい話だ。



「にぃに、なんか、市、にぎやか!」


 山の麓のあたりから、

 もうすでに人々の声が届いてきた。


 荷を運ぶ男たちの掛け声。

 行商人たちの威勢のよい声。


 その合間には、

 子供たちの笑い声まで混じっていた。




 環濠へ近づくと、火床の煙が見えてきた。


「イミナ様、火の巫女さま……おはようございます」


 通りすがりに皆が優しい声を掛けてくる。


 そんな、名張の市庭に並ぶ土器。

 その下で燃えているのは「巫女の火」だった。



 日々、女衆が火を通した水を器に分けて、

 訪れる旅人に手渡している。


 受け取った男は礼を言うと、

 そのまま、北の道へと向かっていった。



「環濠のなかにも、外にも、火だね」


 この辺りで「巫女の火」を知らぬものは、

 もういないだろう。


「イミコの火が、皆に、

 ぬくもりを与えてくれているんだよ」


「えへへ、なんか……ちょっとはずかしいな……」


 そう言ってるそばから、通りすがりの女衆や、

 子供たちはイミコに手を振ってくる。


 イミコが、その小さな手を振り返すと、

 まわりには笑顔の花が咲いていた。



――――――――――


 市庭の奥に向かうと。


「それじゃ、これ無事に届けてくれよ」


 そんな声で、特に目立つのは、

 三輪の者たちだった。


 見覚えのある「三つ輪の印」を籠に背負い、

 北へ向かう支度を整える者たち。



「みわのひと、いっぱいだね」


「道具に食糧……城之越でたくさん使うんだ」


 市庭の向こうに、

 旅人たちの寝泊まりする竪穴が並ぶ。


 その前では、昨夜泊まったらしい男たちが、

 粥をすすりながら話をしていた。



 三輪から名張へ。


 ここで荷を整え、夜を越し、

 三野を経て城之越へ。



 北から南に帰る者たちも、

 また、この名張の市庭で足を休める。


 行商人のために建てた竪穴が、

 今では、遠くの土地を結ぶ宿にもなっていた。




「おお、イミナ、ちょうどいいところに来た」


 名張臣白髪(なばりのおみしらが)が、

 俺と、イミコの姿をまえに笑顔を浮かべる。


 その衣の裾には乾いた土がついていた。



「畑の見回りですか?」


「ん、おお……この土はそうではなくてのう……」


 そう言うと、シラガは環濠の西へ目を向けた。


「そなたが北に行ってる間に、

 名張川に沿って西、宇陀の川にむけて、

 畑を広げることにしたんじゃよ」



「宇陀川のほうまで……?」


 宇田といえば、三輪に向かう際、

 マヒトたちと野営をしたあたりにもなる。


「それは、すごいですね」


「実際、宇田に届くわけではないが、

 あくまで目指してといった程度じゃがのう」


「かなりの距離がありますからね……」


 ただ――


「畑を広げる人手、足りるんですか?」


 人手――


 つい先日、北の地で、

 三野臣黒犬(みののおみくろい)と頭を悩ませた問題だ。



「ほっほっ」


 なんともないといった様子で。


「それが、なんとも……、

 ありがたいことになっておってのう……」


 シラガは、さらに嬉しそうな笑顔を浮かべた。


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