第二百九話 ★梟:水面下に燻ぶる火種
◇【三野之梟】視点◇
「こうも簡単に、城之越が落ちるとはな」
岩の上に腰を下ろすと溜息がこぼれた。
山神どもの住まう山。
木々の間からは、
絶えず、冷たい風が吹き抜けてゆく。
「だから言っただろ?」
山神之赤女の赤い瞳が向けられる。
「もっと、ウチらに任せてくれりゃ、
いくらでも血祭りにしてやったのにさ」
山神四十八衆――
確かに、四十八衆を総出で動かしていれば、
三輪の陣に相当な被害を与えられたかもしれぬ。
だが、我が欲しいのは、あの土地ではない。
「構わぬ……これもまた、計画どおりよ……」
我は、口元を緩める。
「ふーん……」
アカメは、興味なさそうに肩をすくめた。
「まあ、ウチらはなんでもいいけどね。
腹いっぱい食えて、好きに暴れられりゃさ」
そう言い残すと。
離れたところで酒盛りする山神の者たちへ、
ゆっくりと歩いていった。
「…………」
城之越を取り込んだことで、
三野は、さらに大きな力を得るだろう。
名張や、三輪と一緒に、
北への道も押さえようとしている。
ならば。
阿閉とて、いつまでも、
黙って見ているわけにはいくまい。
南の力が大きくなればなるほど、
北は、それに対抗する力を欲する。
その時。
兵を率い、戦を知る者として、
誰の名が挙がることになるのか……。
「ふふ……」
城之越を丸ごと奪われたことで。
タカヒコ様の復権は、
かえって早まるやもしれぬ。
それもまた、よしなり――
――――――――――
◇【三野臣高彦】視点◇
「タカヒコ様……アエモリ様から、
兵の鍛錬についてお話があるとのことで……」
竪穴の入口から、
阿閉の若者が声をかけてきた。
「そうか……」
我は手にしていた酒を、地に置いた。
「承知したと伝えてくれ」
「はっ!」
阿閉の若い兵が足早に去っていく。
「ふむ」
これまで、我に馳走を与え、何もさせず。
無為な日々を過ごさせてきたなか。
今になって兵の鍛錬を頼んでくるとは……。
「それも、クロイのおかげとは……皮肉なことだ……」
くっくっと喉の奥から声がもれる。
三野を追われたことにより、
まさか、阿閉の喉元に食らいつけようとは……。
「まだ、どうなるかわからぬが……」
今は、この流れに乗ればよい。
表では、阿閉の客人として振舞いながら。
水面下に、牙を隠し、
その時が来るまで磨き続ける。
今は、忍ぶこと――
それが我のすべきことだ。
――――――――――
◇【阿閉臣饗守】視点◇
「依那古との繋がりは、どうなっておる」
阿閉の大竪穴。
わしは、傍らに控える者へ声をかける。
「これまでどおりにございますが、
すこし、落ち着かぬ様子はございます……」
「さようか」
わしは、杯を傾けた。
名張の童か――
なかなかに面白いことをする。
槍を振るって土地を奪うのではなく、
道を結び、荷を運び、人を集めるとはな。
なるほど。
確かに、それで人の心は動くだろう。
だが、人を養うには、
絶えず荷を運び続けねばならぬ。
富める時はよい。
だが、貧する時は必ず訪れる。
その重さを、どこまで分かっておるのやら。
「……依那古へ、使いを出しておけ」
「兵を集めますか?」
「そのような物騒な話ではない」
わしは、首を横に振った。
「穀が足りぬようなら遠慮なく申せとな」
「承知いたしました」
男が、深く頭を下げる。
南の勢いに飲まれて、
いつ、依那古が裏切るとも限らぬ。
ならば、甘い汁を吸わせておかねばならぬ。
余計な持ち出しをさせおって。
だが、その分、
我に牙を向けてきた南の者たちを、
打ち倒し、支配した暁には。
それ以上のものを、搾り取ってやろうぞ。
「ああ、それと、北にも使いを出しておけ」
杯を置き、目のまえの男に言葉を重ねる。
「……北?」
男が、顔を上げて、
信じられないといった表情を浮かべる。
「甲賀……に、ございますか?」
「さようじゃ」
甲賀の者たちが持つのは、圧倒的な武。
あの力は常の道理では測れぬ。
「しかし、大丈夫でしょうか……?」
男の声が、わずかに沈む。
「なあに」
わしは、穏やかに笑ってみせる。
「あくまで用心のためにじゃ……」
敵には、敵をぶつける――
此度、梟が果たせなかったこと。
その手本を、
わしが見せてやろうではないか。
■ 十章「イガの山」 ~完~
次回からは、187年の夏、十一章がはじまります。
三輪―名張―三野―城之越と繋がった「道」を中心に。
さらに集まり太くなる人の繋がり、夏の実りをもとに、
さらなる発展を遂げていく内政の時期です。
戦国時代などでもそうですが、兵が民でもある時代、
大事な収穫の時期に大掛かりな戦は避けられる傾向にあります。
ただ、その水面下で「準備」は静かに進められていきます。
これから「阿閉編」に向かう道のりを、
どうか、お楽しみください。




