第二百七話 見せるモノ、見せない意図
城之越の環濠を押さえた。
その翌日。
空を見上げれば、お天道様が、
すでに頭上高くまで昇っていた。
「こちらを頼んだぞ」
岸に着けた小舟から、荷が手渡される。
それを、俺たちは受け取り、
城之越の環濠へと運び込むのだ。
木津川の対岸に構えた陣からの荷である。
川を渡すために、城之越が普段使っている小舟が、
何度も往復してくれていた。
――――――――――
城之越の環濠に向かう道すがら。
「……にしても、二日目の夜には、
もう、城之越の川を渡られていたなんてなぁ」
大きな俵を肩に担ぎながら、伊賀之火子は呟いた。
「松明の灯りに目を取られてましたね……」
小麦粉の入った皮袋を詰めた籠を背負いながら、
伊賀之水瀬も、悔しそうに答える。
「ま、まあ……運がよかったんですよ……」
俺は、苦笑いを浮かべるしかなかった。
昨夜の話し合いから、
どうにも、戦の負け方が気になっているらしい。
今朝から、かれこれ、何度目かという話である。
「イミナ殿が、城之越の環濠を落とした時、
わずか十数人程度だったとは……」
ミナセが、恨めしそうな声をあげる。
あの夜、柵越しに対峙した時。
そのまま、攻め立てれば、
勝てたかもしれない。
そういう想いがあるのだろう。
「でも、そんな人数で、
どうやって環濠を奪い取ったんだ?」
「それは……」
あまり、言いたくないんだけど。
こういう搦め手は、
どうにも、みっともない気がしてしまう……。
「城之越の者を装って、正面から、
普通に門を開けてもらったんですよ」
「そうは言っても、言葉の訛りも違えば、
簡単には門を開けぬだろう?」
「そこで、青山の二人にお願いしたんです」
「……アバネと、アガミ……あの二人か……」
ミナセが、表情を曇らせた。
「二人を知っているのですか?」
「青山臣の優秀な息子二人と、
私たち、城之越の兄弟は何かと比べられまして……」
ミナセが、軽く頭を下げる。
「色々とあるんですね」
「つまらない、いがみ合いなんかやめて、
みんなで、もっと派手にやればいいのにな!」
「兄上、伊賀の筋の問題を、つまらないなどと……、
また父上に怒鳴られますぞ」
「はは、知ったことか!」
ヒコとミナセ。
まるで、正反対の性格なのに、
不思議と息が合っているように見えた。
――――――――――
そんな話をしながら、
城之越の環濠の近くに差し掛かったとき。
「あ、ここは……」
俺は、思わず足を止めた。
「まさか、あの時の、野ウサギ……」
北の茂みを前に、ヒコは眉を寄せる。
「はい、あの夜……ここに隠れていたんです」
思わず、苦笑いが浮かぶ。
「肉にするため捕らえていた野ウサギを、
あの時、咄嗟に放したんですよ」
「……くそっ!」
ヒコは、悔しそうに担いだ俵を揺すった。
おいおい。
大事な荷、丁寧に扱ってくれよ。
「もう一歩、踏み込んでりゃ、捕らえられてたのかよ!」
「兄上……」
「毎晩、川を渡ろうとしてくる奴らが、
こんなところに潜んでるなんて思わないだろ」
「まあ、そう思ってもらうための松明でも、ありますから……」
二日目の夜は、一人に二本ずつ。
三日目には、三本ずつの松明を持ってもらった。
遠目に見える灯りの数を保ったまま、
すこしずつ、兵を対岸へ渡していったのだ。
「完全にやられたな」
「なんでも、城之越の被害を抑えるよう、
心を配って戦っていたとか」
「ええ、まあ……」
「なぜ、そのような真似を?」
実は、今回の戦において、
そこが一番大事なところであり。
もちろん、情けをかけたわけではない。
「梟の存在に気付いた時から、
この戦は、勝ち負けではなくなったのですよ」
真正面から争えば、双方に犠牲が出る。
城之越を力でねじ伏せても、禍根は残る。
「三野と、城之越のどちらが傷付いても、
そこで得をするのは梟たちなのです」
俺たちが争うほど、奴らの思うつぼ。
「可能な限り、双方の犠牲を避けたかったのです」
「我らが必死で打ち負かそうとしている横で、
我らを生かそうと動いてたなんて」
ミナセが、深いため息をつく。
「こりゃ、勝てねえわ」
ヒコが納得したように大きく頷いた。
――――――――――
「おう、荷は、こちらへ頼むぞ!」
城之越の環濠へ入ると、
伊賀臣瀬渡の声が飛んできた。
広場では、運び込まれた荷を、
村人たちが総出で仕分けている。
昨日まで争っていた者同士とは思えぬほど、
皆、黙々と手を動かしていた。
「助かるのう……」
伊賀臣は、積まれていく荷を見つめる。
「昨夜も話した通り、城之越には、
環濠の蓄えがあまり残ってなかったのでな」
「火の巫女さまのご加護もあり、
名張に、波多と……実りがありましたので」
俺は、伊賀臣の近くに歩み寄りながら。
「ただ、我らには人手が足りてないので、
持ちつ持たれつですよ」
笑顔を向けた。
* * *
どれだけ食の実りがあっても、
人は生まれて、すぐに大きくはならない。
村の頭数……人手を増やすには時間が掛かる……。
その間、城之越に、北の要地を守ってもらう必要があるのだ。
しっかりと食べてもらわなければ、こちらが困る。
* * *
「ん、あれは……」
木津川の向こう岸、
その、さらに遠くへ見える山。
その木々の間から、
人影が、ちらちらと見え隠れする。
「山神の連中だな……」
隣で、伊賀臣が呟いた。
「やはり、もう攻めてこぬか……」
伊賀臣は、山を見つめてため息をついた。
「我らをけしかけるためだけに、
三輪を攻める振りをしておったのだな……」
その声は、重く沈んでおり。
「一時でも見えていた勝機が、
ただ、そう見せられていただけだとは……」
「わしも、老いたものだ……」
そう呟いた、伊賀臣の背中は。
ずいぶんと小さく見えた――




