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卑弥呼転生 ~妹を女王に、現代知識で邪馬台国を作る~  作者: 露李鈴
| 春:十章「イガの山」

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第二百五話  ひらかざれる門

「おい、ミナセ!」


「なにを、ぼさっとしてやがる!」


 そんな声が、環濠の外から聞こえてくる。



 俺は、環濠の柵の隙間から、

 外の様子をうかがう。


 閉ざされた門の向こうには、

 城之越の兵たちが集まっていた。




「これはなんの真似だ、門を開けろ!」


 大声をあげる威勢のいい若者が、

 槍を握ったまま、ずかずかと歩み寄ってくる。



「あ、待っ……」


 俺が声をかけるより早く、

 柵の陰から一本の矢が放たれる。


 たんっ――!


 矢は、若者の足元へ突き刺さった。



「てめえっ!」


 思わず若者が槍を構える。


「ふんっ」


 矢を射かけたのは那婆理の王、タケ。



「ヒコ、待て」


 環濠の外から、

 渋みのある低い声が聞こえる。


 おそらく、あれが城之越の長だろう。


「ちっ」


 ヒコと呼ばれた若者は歯を食いしばり、

 少し下がるも、なお門を睨みつけていた。



「……まずかったか?」


 タケが、俺に視線をむける。


「近づく者は射るよう頼んだのは俺です。

 なにより、助かりました」


 ……そして、当たらなくてよかった。


 もし、相手を傷つけていたら、

 話し合う余地すら失っていたかもしれない。



 * * *


 俺たちは、城之越の環濠を押さえた。


 門を固く閉ざし、環濠に住む人たちは、

 ひとつの竪穴に集めている。


 外から姿が見えるのは、

 弓を構えた名張の者たちだけ。


 その数は、十人と少し。


 もし、城之越の兵たちが全力で攻め込めば、

 到底、守りきれる人数ではない。


 だからこそ、絶対にこちらの人数を、

 悟られるわけにはいかないのだ。


 * * *



「これ以上は、不用意に射かけないように」


 俺は、静かに手をあげ、

 弓を持つ仲間たちへ指示を伝え。


「私は、名張のイミナと申します!」


 篝火(かがりび)の近くに立ち、

 外へ向けて声を張りあげた。



「ほう、ぬしが名張の童か……」


 男の眉が、わずかに動いた。


「わしは、伊賀臣瀬渡(いがのおみせと)である」



「オヤジ、あいつは敵の――」


 ヒコが、俺に向けて槍を構える。


「やめぬか……今、我らは窮地におるのだぞ……」


 伊賀臣の制止により、ヒコと呼ばれた男は、

 すんでのところで踏みとどまる。



 よかった――


 伊賀臣のほうは状況を理解している。



「この城之越の環濠は、

 すでに俺たちが押さえました!」


「そのようだな……」


 伊賀臣の言葉に、外の兵たちがざわめく。


 何人かが顔を見合わせ、

 掲げられた「隠」の旗へ目を向ける。



「これ以上、戦う必要はないと思っています」


 できる限り、声を落ち着かせて話す。


「武器を捨てて投降してください」


 相手を刺激しすぎないように。


 そして、一秒でも時間を稼げるように。



「環濠を奪った程度で、

 我らが従うと思うておるのか?」


 当然、そう来るか――


「随分と人影が少ないようだが……?」


 伊賀臣が、柵の奥を見据えてきた。



 まずい――


 俺は、反射的に後ろを見かけ、

 なんとか踏みとどまった。



「ならば、試してみますか」


「ほう……」


「皆さんが門へ近づけば、

 こちらも弓を射なければなりません」


 俺は、柵の木肌を握りしめる。


「でも、私はそれを望みません。

 これ以上、誰にも傷ついてほしくないんです」


「口では、なんとでも言えるがのう……」


 伊賀臣は、そこで顔を俯かせた。



 * * *


 城之越を囲む、木津川と、険しい森。


 守るときには自然の要塞となる城之越、

 だが、ここから逃げる時には障害となるだろう。


 三野の兵に追いつかれたら、勝負は決まる。


 そんな状態で、ここで話を交わしているのだ。

 おそらく戦わない方向に気持ちは傾いているはず。



 だが、その前に。


 何かがあって、

 門を破ると流れが傾けば。


 その時、俺たちだけで、防ぎきれないのも事実だ。


 * * *



「我らが槍を捨てたあと、

 おぬしらが、その話を守ると言い切れるのか?」


「……私の言葉しかありません」


 外から、鼻で笑う声があがる。


 無理もない。


 環濠を奪った相手を、

 簡単に信用できるはずがない。



「ですが、名張の『火の巫女』に誓って、

 必ず約束を守りましょう」


 俺は、門の外にいる負傷兵たちを見た。


「武器を捨てた人へ、矢は射ません。

 怪我をした人たちには、手当てもします」


「ふむ、火の巫女ときたか……」


 伊賀臣が顔を上げ、

 まわりの兵の間にも、どよめきが生まれた。


 どうやら「火の巫女」の名は、

 ここ、城之越にまで届いているようだ。



「私たちは、皆さんを殺したくて、

 この城之越を訪れたわけではありません」


「ならば、なぜ、我らの環濠を奪う」


 さて――



「それは……」


 これを、どう、伝えるべきか。



「一匹の、梟の手に、

 私たちは踊らされています」


 俺たちが争い、血を流すほど、

 そこで利を得る者がいる。


 そのことに、相手も気づいていれば――



「オヤジ!」


 ヒコの声が、それを遮った。


「こんな童(わっぱ)の言うことを聞く必要なんざねえ!」


 槍を持つ腕を振りあげる。


「こんな門、破っちまえば済む話だろうが!」



 くそ、間に合わないか――


 伊賀臣は、こちらを見つめている。


 それどころか、柵の内側に、

 何かを探るように目を走らせ始めた。



 頼む。


 もう少しだけ――




「おい、奴らが来たぞ!」


 城之越の兵の一人が叫ぶ。


 それから、一気に、辺りがざわめいた。



 遠い丘の下、暗い木々の間から、

 いくつもの火が見えてくる。


 一つ、また一つ。


 やがて、松明を背にした三野の兵たちが、

 次々と姿を現し始めた。



 間に合った。


 伊賀の兵を追ってきた三野の者たちが、

 ようやく、この丘を登ってきたのだ。



「伊賀臣っ!」


 俺は、もう一度声を張り上げる。


「皆さんは、もう逃げられません」


 城之越の兵たちが振りかえる。


「武器を捨てて、投降してください!」



「オヤジ……俺ぁ、まだ戦えるぞ!」


 ヒコが、槍を握りしめていた。


「ヒコよ……」


 伊賀臣の声が、静かに響く。


「おぬしが戦えても……、

 皆が、同じように戦えるわけではなかろう」


「……っ!」



「これ以上、城之越の民を、

 無駄に傷つけるわけにはいかぬ……」


 そう言うと伊賀臣は、

 手に持っていた槍を地面に放り投げた。



 からん――


 乾いた音が、門の前に響いた。



「皆の者……」


 伊賀臣は、兵たちへ向き直る。



「槍を、捨てよ」



 しばらく、誰も動かなかった。


 だが、やがて一人が槍を地面に置き、

 それに続くように、別の者も武器を捨て始めた。


 からん、からん――


 城之越の者たちが、次々と槍を手放していく。



「……くそっ!」


 悔しそうに顔を歪めながら、

 ヒコも、最後まで握っていた槍を投げ捨てた。



 からんっ――!



 その音を最後に、

 門の前には静けさが戻った。


 三野の兵が、城之越を取り囲む。


 ひとりずつ身柄を押さえていく。


 俺は、柵の内側から、

 その様子をじっと見守っていた。



 ようやく。


 握りしめていた柵から。


 震えていた、その指を離すことができた――

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