第二百三話 ★瀬渡・木津川攻防戦
◇【伊賀臣瀬渡】視点◇
木津川の水面が赤く染まる。
西へ傾いた夕日が、
川の流れに長い光の筋を落とす。
城之越の環濠を出て、すぐの川辺。
ヒコと、ミナセを傍らに、
これからの戦について話し合っていた。
「日を重ねるごとに、こちらばかりが、
消耗しているように見えます」
息子の伊賀之水瀬は、
怪訝な表情を浮かべていた。
「うむ」
三夜続けて敵を追い払った。
だが、戦の終わる道のりが見えてこない。
対して、川向こうの陣は、
日を追うごとに肥大化している。
ミナセの言うことは、もっともである。
「だからよ、オヤジ!」
ヒコが、待ちかねたように口を開いた。
「あいつらは弱兵だ。
今夜こそ、あいつらを打ち払うしかない」
そう言って、対岸へ顎をしゃくる。
「むこう岸にまで、
そのまま、奇襲を仕掛けてやろうぜ!」
「それはならぬ」
「なんでだよ」
「対岸には、三輪の兵がおるからだ」
遠くに並ぶ陣の柵が、
今では、もう手に負えないほど厚い。
「あやつらと槍を交えるのは避けたい」
「ちっ」
ヒコが、不満げに舌を鳴らす。
三輪は、山神の猛攻を退けながら、
着々と陣の守りを固めている。
あの者たちと槍を交えれば、
我らも無事では済むまい。
「……だが、ヒコの言うとおり、
我らが動かなければいけないのも確かだ」
我は、ヒコの目を見る。
「どうするってんだよ」
「やつらは、攻めと、
守りの役目を分けておるのでな……」
対岸へ手をかざしながら。
「攻め手、三野を徹底的に仕留めればよい」
今、三輪は、
山神を抑えるだけで手一杯だろう。
そこで。
三野の兵が打ち破られたとなれば、
三輪だけでの城之越に難色を示すことは必至。
この戦を諦め、引き返すことも考えられる。
「つまり、攻めてくる三野の奴らを、
叩き潰せってことだな」
ヒコが、にやりと歯を見せた。
「しかし、こちらが矢を射かければ、
すぐに退いてしまうでしょう」
ミナセが、川へ目をむける。
「なあに、簡単なことよ、
我らが間に合わなければいいのだ……」
おもわず口元の端がゆがむ。
「間に合わないとは……」
ミナセが首を傾げる。
頭は切れるが正攻法から脱しない、
真面目な息子だ。
まあ、お前は、そのままでいい……。
「昨夜、奴らは城之越から距離を離して、
渡河をしようとしたではないか」
我は、ゆっくりと口を開く。
「今夜、我らは不覚をとり、
やつらに渡河をさせてしまうのだ」
そして、足元に流れる川の流れに目を落とす。
「一度、岸に上げてしまえば木津川を背に、
そうなれば、容易に逃げることもできないだろう」
「たしかに、川を渡ったあとの兵ならば、
足も疲れ、隊列も乱れますね」
ミナセは、川面を見つめながら静かに頷いた。
「まさに、絶好の機会ということだな」
ヒコの目が、大きく見開かれる。
「そういうことよ」
この数日、
我らは矢を射かけ続けてきた。
それらは追い払うのが目的の矢だ。
しかし、今宵、我らが手にするのは槍である。
「皆の者、これまで、よく耐えてくれた」
我は、周囲の兵を見渡した。
弓を握る指に、痛ましく布を巻いてる者もいる。
肩を落としていた若者も、
我の声に、その背筋を伸ばした。
「今宵、我らは、打って出るぞ」
――――――――――
そう話している間にも、
夕日は、西の山の端へ沈みかけていた。
赤かった川面が色を失い、
どっぷりと闇に覆われていく。
木津川の流れる音ばかりが、耳に残る。
その時。
「敵が来たぞ――っ!」
見張りの兵から、声が上がった。
対岸に、いくつもの松明が浮かび上がる。
明かりの向かう先は、
昨夜よりも、さらに川上である。
「ふっ、どうあっても、
我らの弓を避けたいようだな……」
だが、それならば都合がよい。
望み通り矢を避けてやろう。
狙い通り川を渡らせてやろう。
その先が、貴様らの死地となるのだ――
「皆のもの、槍を持て」
我は、兵たちへ声を掛ける。
川辺に控えていた者たちが、
一斉に、こちらへ、目をむける。
「今宵で、すべてを決めるぞ――っ」
兵たちが、
それぞれ槍を握り直し。
ヒコが、我の隣へ進み出る。
ミナセも、静かに頷いていた。
「「 おおおおお――っ 」」
我らは腹の底から声を張り上げた。
環濠の意思がひとつに重なる。
それら城之越の声で、
我らは、木津川の水音をかき消した――




