第百九十九話 因果を辿るさきに浮かぶ意図
ごつん――
乾いた音とともに、
大きな石が地面へ転がった。
「西の山だ! 伏せろ!」
誰かの声が聞こえる。
続いて、ひゅんっと風を切る音。
一本の矢が、近くの籠に突き刺さる。
「うわっ!」
俺は、思わず身を屈めたあと、
ゆっくりと顔を上げた。
夕暮れの山際には、
いくつもの人影が動いている。
距離があるため、顔までは分からない。
だが、獣の皮をまとった異様な出で立ちは、
以前に聞いた山神の特徴と重なる。
「あれが……山神か……」
「山神の奴らだ!」
俺の呟きに重なるように、
遠くからも三野の兵から声を上がった。
それから、また、石が飛んでくる。
今度は、火床の近くへ落ち、
いくつかの積まれていた薪が崩れた。
「皆、荷から離れてください!」
俺が叫ぶのと、ほぼ同時に。
「三輪の者、前へ」
三輪之真人の声が、野に響いた。
「おおっ」
西側を警戒していた三輪兵たちが、
一斉に動き始める。
槍を構える者。
弓を引き絞る者。
それぞれが山際へ向けて、
素早く陣形を整えながら詰めていく。
「三野の者は陣を守れ! 勝手に追うな!」
三野臣黒犬も、
また、素早い動きを見せていた。
さすがだ。
どちらも、突然の襲撃に慌てることなく、
巧みに兵を動かしている。
そして。
三輪の兵が近づくと、山神たちは。
あっさりと後ろに下がり、
山へ姿を消した。
――――――――――
「なんだ、もう退くのか」
クロイが、西の山を睨みつける。
先ほどまで鳴り続けていた、
石の落ちる音も、すっかり止んでいた。
「うかつに、深追いは、
せぬほうがよいでしょう……」
戻ってきたマヒトが、
弓を持つ兵に制止の合図を送る。
それから、
皆で、被害を確かめた。
幸いなことに怪我人はなく、
石や、矢が落ちた場所も陣の端ばかり。
荷も無事である。
「なにをしに来たのだ、奴らは……」
クロイが、
地面に刺さった矢を見下ろす。
あまりにも、あっけない。
「城之越の奴らめ!」
三野の男衆が声を張り上げた。
「やっぱり、あいつら、
山神と手を組んでいやがったのだ!」
「我らが、川を渡れぬように、
後ろの山から襲わせておるのだ!」
次々と、怒りの声が広がっていく。
「あえて、山に居ることを我らに知らせ、
動きを封じるつもりか……」
クロイが、低いうなり声を上げた。
「南の山道での襲撃も、
これを見越してのことだった?」
隣で、マヒトも、
渋い表情を浮かべている。
「たしかに筋は通っているが……」
どこか妙だ――
周囲の三野の兵たちは、
しきりに、城之越への怒りを口にする。
襲撃を受ける前よりも、
明らかに敵意は強まってもいた。
それが、むこうの狙いだったとして。
果たして、それだけか――?
* * *
事象には因果が生まれ。
誰かが動けば、
その結果には必ず跡が残る――
* * *
あの、修羅の荷への襲撃。
その場に残された二本筋の石包丁。
俺たちは、これまでに何度も惑わされてきた。
為吾を疑い。
青山の者たちを疑い。
今、城之越を疑っている。
それらによって得をするのは、誰だ……?
山神を動かしている者は、
俺たちと、城之越を争わせたいのだろう。
そのために、争いの火種を仕掛け続けている。
それらを逆説的に捉えるならば。
本来、城之越は、
俺たちとの争いを望んでいない――
「……なるほど」
「イミナ殿、どうした?」
怪訝そうな表情を浮かべて、
クロイが、俺の顔を覗き込んできた。
「いえ、山神の者たちの襲撃が、
どうしてこんなにも緩いのかと思い……」
「ふむ」
「城之越と組んでいるのなら、
もっと、やりようがあると思うんです」
「確かに妙ではあるな……」
その時、俺の脳裏に、
以前のクロイの言葉がよぎる。
* * *
父は、一匹の梟を飼っております――
古くから父の裏で動く、
実質、三野を動かしてきた知の者――
* * *
山神を動かして、
三野に、青山を疑わせて。
さらには、
城之越への敵意を強めさせる。
裏で、そんな手引きのできる者。
それは。
ああ、お前か……。
三野之梟――
「なにか、分かったのか?」
「いえ……」
俺は、クロイの問いを濁した。
まだ確証はない。
それに。
こちらが、
梟の意図に気づいたこと。
それを、敢えて知らせる必要もない。
――――――――――
仮に。
城之越と、梟が、
一枚岩でないのだとすれば。
「それはつまり……」
西の山に目をむけると、
今も、警戒を続ける三輪の兵たちがいる。
その反対側。
木津川の向こうには、
城之越の環濠と、あの大樹がある。
あの高さからなら。
三輪の兵が、西の山へ動く様子も、
よく見えていることだろう。
「ふっ」
気づけば、
俺は、口元を緩ませていた。
「……到底、童のする表情には見えぬな」
クロイが呟いた。
「なにか思いついたようですね」
その隣で、マヒトが微笑みを浮かべる。
「ええ、おかげさまで」
梟――
おまえが、山神をけしかけて、
俺たちと城之越を争わせたいというのなら。
いいだろう。
その思惑、こちらも。
利用させてもらおうじゃないか。




