第百九十六話 みえざる襲撃者
ピィ―――――ッ。
視界に広がる青空へ、
春を告げる鳥の声が響いていた。
三野を出発し、
青山へ続く道を越えて、さらに北。
俺たちは、城之越へ向かう為吾の、
山道へ差しかかっている。
「……列の最後まで見えませんね」
振り返っても、九十を超える一行。
その後続の姿は、山道の曲がり角で消える。
その先までは見通せなかった。
「勝手に列を離れるなよ」
隣を歩くタケは、そう答えながら、
山の上に視線を向けていた。
足元には冬を越した枯れ葉。
その隙間からは、春の草が小さく顔を出している。
「前、詰めろー!」
そんな声が、
木々の間を何度も行き交う。
列の先頭には、
道を知るアガミと、アバネ。
その後ろに
三野、波多、名張が続く。
最後尾は、マヒト率いる三輪が固めていた。
ざっ、ざっ、と。
静かな山の中には、
俺たちの足音ばかりが長く響いている。
「この先は、もっと道が狭くなるぞ」
前方から、アガミの声が聞こえた。
「左は切り立った斜面。
右へ落ちれば沢だ、列を崩すなよ」
「これは、危険ですね……」
俺は斜面に視線をむけた。
もし、ここで上から何かを――
からん――
進行方向の前方に。
左手の斜面から、
小さな石が転がり落ちてきた。
その刹那。
「伏せろ!」
アガミの声が響き。
どっ――
土と、小石の波が、
頭上から一斉に降りかかってきた。
「盾を上げろ!」
クロイの声。
「イミナ、動くなよ!」
タケの大きな身体が、
俺の前へ、毅然と立ちふさがる。
土。
小石。
折れた枝。
その中に、数本の矢が混じっていた。
がんがんっと木盾が鳴る。
俺も頭上へ盾を掲げ、身を縮めた。
「斜面に身を寄せろ」
クロイの指示が飛ぶ。
皆、盾を上げたまま、
左手の斜面へ身体を寄せる。
壁のような土の際に張りつけば、
上から落ちてくる石の多くは、
そのまま、道の外側へ転がり落ちていった。
「奇襲にしては、ぬるいな」
タケが小さく呟いた。
どっ。
どどっ――。
「荷を、道の内へ寄せろ! 慌てるな!」
遥か後ろから、マヒトの声が聞こえた。
後方、三輪の側にも、
同じように石が落とされているらしい。
だが、誰も走らない。
勝手に列を離れる者もいない。
そして、長く伸びていた一行が、
すこしずつ間を詰めながら固まっていく。
「止みましたね」
突然だった。
さっきまで降っていた石や、土が、
ぴたりと止まった。
「行ったか……」
タケは呟いたが、
まだ、盾を下ろさない。
皆が慎重に道へ戻り、
ゆっくりと斜面を見上げる。
「引き返すがよい――」
遠く。
木々の向こうから男の声が響いた。
「次は、この程度では済まさぬぞ――」
がさりと枝葉が揺れ。
それきり。
姿は見えなかった。
「待て!」
一人の男が、斜面をよじ登ろうとする。
「追うな!」
クロイが、すぐに止めた。
「山へ踏み込めば、向こうの思うつぼだ」
「くっ……」
男は歯を食いしばりながらも、
ゆっくり、列へ戻っていく。
そして。
さきほどまでの騒ぎが嘘だったように。
為吾の山には、
また、鳥の声だけが戻ってきた。
――――――――――
「怪我人は?」
「一人です」
列の前方では、オシが、
三輪の者たちの状態を報告していた。
「その怪我も、石が肩をかすめただけです。
歩くには問題ありません」
幸い。
倒れた者はいなかった。
「…………」
足元に落ちていた一本の矢を、
俺は拾い上げる。
石の鏃に、木の軸。
持ち主を示すようなものは、何もない。
「アガミさん」
「なんだ」
「今の人たちは……、
本当に、城之越の人なんでしょうか」
アガミは、斜面を見上げたまま、
すぐには答えなかった。
「すでに城之越へ続く山だ、
奴らが出てきても、おかしくはない」
「なら……」
「だけどなぁ……」
隣のアバネが、眉を寄せる。
「あれだけ遠いと、声の訛りまでは分からん、
城之越だとは言いきれねえな」
「そうですか……」
もう一度、手の中の矢を見る。
「少なくとも」
クロイが、足元の石をつま先で弾いた。
「何者かが、我らに矢を向けた。
それだけは事実だ……」
「そうですね」
俺は、斜面を見上げる。
あんな場所からなら、
もっと長く攻撃できたはずだ。
俺たちは細い道に、長く伸びていた。
なのに。
ほんの短い間だけ、
石や、矢を浴びせて相手は消えた。
「妙なんですよね」
「何がだ?」
タケが俺を見る。
「奇襲は、最初の一撃こそ、威力を発揮します、
それをこんなあっさりと……」
「なら、どんな狙いがあるというのだ?」
「……それが、わからないんですよね」
俺は、おもわず頭を掻いた。
「とにかく、進もう」
クロイが山の先を見据える。
「今の者が誰であれ、
城之越まで行って直接話を聞く」
そして、皆へ向けて手を上げる。
「まずは、それからだ」
――――――――――
再び、列が動き始める。
木々の間を縫うようにして進み。
やがて、目のまえの景色が開けた。
「あ」
俺は、おもわず声を漏らした。
視界の遠く先には、
陽の光を照らしかえす木津川――
その向こう側には。
周囲を高い樹々に囲まれた、小高い丘。
「なんだ、あの木……」
無数にある樹木のなかに、
ひときわ高く空を穿つ、一本の巨木。
「いったい、どれほどの高さがあるんだ……」
小高い丘よりも、
なお、目を引くほどの大樹。
山に囲まれた要塞、名張――
森に守られた要塞、青山――
ならば、目の前に見えるそれは。
大樹に守られし要塞――
それが。
俺のはじめて目にする。
城之越だった――
作中の「城之越の景観」は、周辺を流れる「木津川」や、伊賀市古郡の「常福寺」に残る「樹高約33mのコウヨウザン」の巨木をモチーフにしています。
本作の「大樹に守られた城之越」は、それらの土地の景観から着想した、本作独自の再構成です。




