第百九十四話 まじりあう旗
その日。
環濠の橋の前で、
俺たちは三輪を待っていた。
「来ましたね」
春の道。
木々の隙間から。
三つの輪を重ねた旗が、
ゆっくりと、その姿を現した。
先頭には。
三輪之真人――
その横には三輪之オシ。
その後ろには、ジンや、サンの姿もある。
「あれは、もしかして青銅ですか?」
俺は、思わず声をあげた。
先頭を歩くマヒト。
その手には。
青みを帯びた、
銅矛が握られていた。
銅と錫を混ぜて作る、青銅――
このあたりでは、
簡単に手に入るものじゃない。
「石より、たしかに鋭いが……」
隣にいたタケさんが、
腕を組んだまま、目を細める。
「実戦で使うには惜しい代物だな」
それから。
銅矛を掲げて進む、
マヒトへ、鋭く視線を向けた。
「だが、それだけのものを持って、
三輪が出てきたということじゃな……」
「まあ、阿閉への威嚇でしょうね」
そんな。
ひとつの銅矛からは、
三輪の本気が感じ取れた。
――――――――――
やがて。
三輪の一行が、
俺たちの目の前までやってくる。
「三輪之真人様……」
シラガさんが、
杖をつきながら前へ進み出た。
「遠きところ、ようお越しくださいました」
「出迎え、痛み入る」
マヒトも、
丁寧に頭を下げる。
その後ろでは。
三輪の兵たちが、
次々と、足を止めていく。
「イミナ殿も、お変わりなく」
「あっ……」
気がつけば。
マヒトは、
俺の前にまで来ていた。
「お久しぶりです」
俺は、肩に掛けた荷の紐を、
きゅっと締め直す。
「また、色々と教えてください」
「こちらこそ」
そんなやり取りを交わしながら、
マヒトは、穏やかに笑った。
「これは戦の荷ですかな」
オシが、名張の用意した荷を見て、
不思議そうに眉を上げた。
「随分と、持っていくのですな……」
背負籠、水を入れた竹筒。
いくつもの小麦粉の袋。
それに、何種類もの燻製肉。
「すぐに帰れるとは限りませんから」
「それにしても、この量は……」
オシは、目を丸くする。
「山の中で、
何があるか分かりませんし」
足元の荷へ、目を向ける。
「余ったら、帰りに、
皆で食べればいいでしょう」
「なるほど……」
まだ少し、
腑に落ちない顔をしながらも。
オシは、ゆっくりと頷いた。
「名張の支度は整っておりますぞ」
シラガが告げる。
名張から向かうのは。
タケの率いる那婆理の民を中心に、
全部で十人と、少し。
背には弓。
手には石矛や、木盾。
三輪の兵たちほど、
立派なものではないけれど。
どれも。
皆が長く使ってきた、
馴染みの道具だ。
「では、参りましょう」
マヒトが、三輪の者たちへ振り返る。
三輪の兵たちは、
そのまま、北へ向きを変えた。
先頭に「三つ輪」の旗が立ち。
そこへ、名張の「隠」の印が加わり。
ふたつの旗が、
北へと、なびいていた。
――――――――――
「にぃにー!」
背後から。
小さな声が聞こえる。
「イミコっ」
名張の橋を挟んだ環濠の側。
イミコが、こちらへむかって、
大きく手を振っていた。
春の日差しを受けた、
長い黒髪。
その端では、
小さな白が揺れていた。
先日、俺の贈った、
いびつな骨の髪飾りだ。
「にぃに、きをつけてねー!」
「いってきます!」
俺は、大きく手を振り返した。
それを見ると、
イミコは、にっこりと笑い。
それから。
三輪に、名張に、
目の前の一団を見渡して。
「みんなもー!」
一度。
大きく息を吸い。
「あぶないことしたら、だめだよー!」
一瞬。
五十を超える一行から、
音が、消えた。
それから、誰かが、ふっと笑う。
その笑いは。
周りの兵たちへ、
ゆっくりと広がっていった。
「いやはや、火の巫女様は……」
マヒトは、イミコへ視線を向けていた。
「なかなか難しいことを、仰られる」
「本当ですね……」
一度、俺も笑ってから。
すぐに、
小さく息を詰めた。
* * *
本当に、
できることなら――
危ないことなんてしたくない。
皆を、危険な目にも遭わせたくない。
でも。
何も備えずに、
向かうこともできない。
城之越が、敵なのか。
それとも話のできる相手なのか。
まだ、俺たちには、
なにも分からないのだから。
* * *
イミコは、
まだ手を振っていた。
俺も、最後に、
小さく手を振り返してから。
前へ向き直る。
二つの旗の、その先。
まずは三野だ――




