第百九十三話 ★真人:かわりゆくものたち
◇【三輪之真人】視点◇
「早く、あの二人に会いたいものだな」
春の陽が。
木々の隙間から、
まだらに道へ落ちていた。
五十人分の足音が、
乾き始めた土を踏みしめていく。
ざっ。
ざっ――
その音に合わせるように、
私の歩みも、自然と軽くなっていた。
「イミナ殿と、火の巫女様ですか」
隣を歩くオシが、
すぐに声を返してくる。
「ああ……」
二人と顔を合わせてから、
それほど長く経ったわけではない。
それでも。
「名張は、行くたびに、
何かしらと驚かされるからな」
「今回は戦支度ですぞ」
「……だが、イミナ殿は、また、
妙なものを作っていそうではないか」
「それは否定できませぬな」
オシの目元も、また和らいでいた。
我ら三輪の一行は。
五十ほどの兵を連れ、
名張へ続く山道を進んでいる。
その前方では。
三つの輪を重ねた旗が、
春の風を受けて揺れていた。
――――――――――
「それにしても、随分と、
歩きやすくなったものだな……」
「三輪からも、幾度となく人を出して、
整えてきた成果ですな」
以前なら、
足を取られていた窪みには石が敷かれ。
張り出していた枝も、
きれいに取り払われている。
「最初、この辺りに来た時には、
隣を歩く者と話す余裕などなかった」
「マヒト様の、
はじめてのおつとめですな」
オシが懐かしむように、
道の先へ目を細める。
「あの日のことは、
しかと覚えておりますぞ」
「滑らぬよう、
足を置く場所ばかり探していたな」
それが、今では――
オシと肩を並べたまま、
こうして話していても足は止まらない。
「向こうも、水の流れを変えておりますね」
後ろからジンの声がした。
見れば、道の端に浅い溝が続いている。
「雨水を、宇田の川へ逃がしているのか」
「そのようですね」
「これも、イミナ殿の言われた通りか」
一度作れば、
それで終わるわけではない。
人が通り、雨が降り。
そのたびに手を入れる必要がある。
「道というものは、
こうして育っていくものなのだな」
「真人様ー!」
後ろから、
よく通る声が飛んできた。
「なんだ、サン」
「うしろのほうも順調です、
いまのところ、問題はありません!」
兵たちの間を縫うように、
サンが、こちらまで追いついてきた。
「荷を持つ連中も、
前より、ずっと楽だと言っております」
「それは何よりだ」
「以前は一人が転ぶと、
その後ろまで、止まっておりましたからね」
「お前も、随分と転んでおったがな……」
オシが、ちらりとサンを見る。
「あれは道が悪かったんですよ」
「それなら、今、転べば、
お前が悪いということになるな」
ジンが後ろから呟いた。
「そりゃ困ったな」
サンが肩をすくめると、
近くを歩く兵から笑いが起こった。
その笑いは。
少しずつ、
後ろの列へと伝わっていく。
サンは、そのまま、列へ戻ると。
荷を担ぐ者へ声を掛け。
端へ寄りすぎた若い兵を、
手招きして中へ戻していった。
「相変わらず、
よく人の間を動く男だ」
「あやつの良いところでしょう」
――――――――――
しばらくすると。
サンが、こちらへ寄ってきた。
「真人様!」
「今度はなんだ」
「名張で話題になっている燻した肉、
はやく食べたいものですね」
「小麦焼きもあるぞ!」
後ろの兵からも、
すぐに声が飛んでくる。
「おまえらなぁ……」
オシが、
呆れたように息を吐いた。
「これから戦へ向かうというのに、
食う話ばかりか」
「腹が減っては、
槍も振れませんからね」
サンは笑いながら、
再び、兵たちの間へ戻っていく。
「ふっ、ずいぶんと変わったものだ……」
「名張が、ですか?」
オシが尋ねる。
「それもあるが……」
* * *
この道を、初めて歩いたころ。
傍には、オシやジン、サン……。
ほかに頼れる者は、
まだ、僅かだったけれど。
持たざる者であった、私が……。
今、五十の兵を連れて、
あの時と同じ道を歩いている。
道も。
名張も。
そして、我らも――
* * *
「真人様!」
隊の先から、
大きな声が飛んできた。
「名張が、見えてきました!」
その言葉を聞いて。
私は。
顔を上げる。
山あいの向こうでは。
春の空へ、いく筋もの煙が昇っていた――




