第百九十二話 ふたつの贈りもの
春の日差しの下。
名張の市庭。
その中央広場には、
一本の、大きな柱が立っていた。
その周囲には、
影の巡りを示すように、
いくつもの石が並べられている。
名張の日時計――
今では、市庭の外からでも見える、
名張の目印となっていた。
「…………」
そんな、柱から伸びる影の先に、
ひとりの女の子。
地面へ、しゃがみ込み、
石と影をじっと見比べていた。
「イミコ」
「……あ、にぃに!」
振りかえったイミコの顔に、
ぱっと花が咲く。
「なにしてたの?」
「かげ、見てたの」
「影?」
「うん」
日時計の石を、
イミコが指先で示す。
「かげの動き、ちょっとずつ、
ズレてる気がするの」
隣り合った二つの石の間を指し示す。
季節による陽の違いを、
誰に教わるでもなく気付いたというのだ。
「……すごい、わかるんだね」
「えへへ」
少し得意そうに笑う。
その横髪に自然と目を奪われた。
「イミコ」
「なぁに?」
「さっきの秘密、教えてあげる」
「ほんと!?」
俺は、小さな皮包みを、
掌に取り出した。
その中には。
白い、少しだけ歪んだ、
骨の髪飾り。
「わたしの?」
「うん」
「にぃにが、つくったの?」
イミコが目を丸くする。
「イワホコさんに、
教えてもらいながらだけどね」
「すっごぉ……」
イミコは、俺の掌のなかに、
そっと顔を近づけた。
「これ、昨日獲った兎の骨なんだけど」
「……うさぎ?」
俺は、こくりと頷き。
「初めて自分で獲った獣から作ったものは、
一番大切な人に渡すんだって」
「…………」
イミコが。
髪飾りから、ゆっくり、
俺に視線を上げた。
「……たいせつ? わたし?」
「イミコ以外に誰がいるの」
「……えへへ」
イミコは、ほんのり頬を赤らめて、
嬉しそうに笑った。
「にぃに、これ、つけて」
そう言って、イミコは、
日時計の横にしゃがみこむ。
「うん」
俺は、そのこめかみへ落ちた髪を、
指先で、そっと横へ寄せる。
細い髪束へ、
骨の飾りを紐で結んでいった。
「よし」
黒い髪の中。
白い骨が、はっきりと映える。
「これでどうかな?」
「……みえない」
「あっ」
そりゃそうか。
俺が笑うと。
イミコも、
つられるように笑った。
「でも、にぃにが作ったなら、すき」
「まだ見てないのに?」
「すきなの」
「…………」
参ったな。
どうにも頬が熱い。
「だいじにするね」
イミコは。
髪を崩さないように、
髪飾りの端へそっと触れながら。
「にぃに、またつくってね」
「…………」
昨日の、
イワホコの言葉が脳裏をよぎる。
「また、何度でも作るよ」
――――――――――
それから、イミコと一緒に。
環濠の中へ戻ると。
中央の広場では、
今日も、巫女の火が燃えていた。
ぱち。
ぱち――
薪の爆ぜる音。
その火の前に、
ふたつの人影をみつける。
「……あ」
イワホコと、ユラ。
そんな二人の組み合わせを見た瞬間。
俺の隣で、イワホコが磨き続けていた。
あの白い骨が脳裏をよぎった。
「あっ、イワホコと、ユ――むぐっ……」
大きな声を上げようとしたイミコ、
その口を、俺は塞いだ。
「しーっ……静かに……」
「……?」
そのまま、広場の端に積まれた、
木材の陰へ連れていく。
「にぃに? どうしたの?」
「ちょっとだけ静かに見てよう」
「……なんで?」
「いいから」
俺と一緒に、木材の影から
そっと顔を覗かせた。
――――――――――
巫女の火の前では。
「新しい環濠の南側は、
今日のうちに土運びを終えます」
ユラが、いつもの落ち着いた声で、
イワホコと話をしていた。
「そうか」
「三輪の者は、明日から、
北側の作業へ回したいのですが」
「そうだな……」
イワホコが頷く。
「では、そのように」
ユラは、イワホコに頭を下げると。
巫女の火にむかって、
もう一度、軽く頭を下げる。
「それでは」
そう言って。
ユラが、立ち去ろうとした時。
イワホコが。
一度だけ、
巫女の火へ目を向けた。
「……ユラ」
そして。
その背中を呼び止める。
「はい?」
ユラが振りかえり。
イワホコは、
一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……これ、なんだが」
腰元から取り出したものを、
ユラに向かって差し出した。
白い、小さな髪飾り。
「ゎぁ……」
俺の横で、イミコが、
息を呑むのが分かった。
「これは……」
ユラの目が、少し大きくなる。
「やる」
「私に、ですか……?」
「他に誰がいるんだよ」
「…………」
ユラは。
差し出された髪飾りを、
しばらく見つめて。
「ありがたくいただきます」
両手で。
そっと受け取った。
「イワホコさんが、
作ってくださったのですか?」
「まあ、な……」
「そうですか」
ユラの口元には、
小さな笑みが浮かんでいた。
「大切にします」
「……おう」
ユラは。
受け取った髪飾りを、
その場で髪へ結ぼうとした。
「こちらでしょうか」
「違う」
「え?」
「もう少し右だ」
「こちら?」
ユラは、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「だから……」
イワホコが、
小さく息を吐いて。
「……貸せ」
「はい」
イワホコは、ユラの横へ立ち、
髪を少しだけ寄せて。
そして。
自分で作った白い飾りを、
そっと、その髪へ結び直していった。
ぱち――。
そんな二人を祝福するように。
広場の巫女の火から、
小さな火の粉が空へ舞い上がった。
「…………」
その光の中。
イワホコは。
妙に真剣な顔で、
ユラの髪飾りを直していた。
――――――――――
「……にぃに」
イミコが、ちょいちょいと、
俺の袖を引いてきた。
「ん?」
「……やっぱり、なかよし」
「……そうだね」
俺も、小さく笑った。
イミコの髪には。
少しだけ不格好な、
白い骨の髪飾り。
巫女の火の向こう――
ユラの髪にも。
もう一つの綺麗に整った、
白い髪飾り。
春の風が吹き抜け。
二つの白い髪飾りが。
それぞれの髪の中で、
小さく穏やかに揺れていた――




