第百八十九話 鼓動編:★梟・狂宴の幕開け
◇【三野之梟】視点◇
「ひゃあ、はあああぁぁぁ――っ!」
冬の山には。
下品な笑い声が響きわたっていた。
「まだまだ肉はあるぞ!」
「穀に、酒もだ!
こんだけありゃ冬も楽に越せる!」
環濠を持たない山の神どもは――
後先のことも考えず、
毎日のように馬鹿騒ぎを繰り返していた。
「こっちにも酒を寄越しな!」
「女衆の分も取っとけよ!」
三野から奪った籠が、
次々と、焚き火の周りへ積み上がっていく。
山の夜気は、
吐いた息が白くなるほど冷たかった。
それでも。
酒と高揚に染まった頬を、
焚き火が、赤々と照らしていた。
炙られた獣肉から、
脂が、炎へと滴り落ちる。
じゅうっ――
一気に香ばしい煙が立ちのぼり。
寒い山の夜へ、肉の匂いが広がっていった。
――――――――――
「野郎ども――っ!」
喧騒を押しのけるように、
誰よりも大きな、その声が飛んだ。
山神之赤女――
白い獣毛を肩へまとった大女が、
一歩、焚き火の前に出る。
それだけで、近くにいた者たちが、
自然と道を空けていく。
「一体、なにをやってるんだい……」
その赤い瞳が、ぎらりと輝いた。
「もっと食え!」
「ぶっ倒れるほど飲め!」
「腹にいっぱい詰め込んで、
この冬の試練を乗り越えてみせろ!」
「おおおおおお――っ!」
歓声が。
山を揺らした。
なんでも、冬の寒さは、
山の神が彼らに与える試練なのだという。
凍えて死ぬ者は、山の神の糧となり、
乗り越えたものは強さを得るのだそうな。
「まだ、これで終わりじゃないよ!」
アカメは。
さらに片腕を高く掲げた。
「次の花が咲くころには――」
その口元が、大きく吊りあがる。
一瞬。
喚声が途切れた。
「また、でっかい山が待ってるんだからね!」
「うおおおおおおおお――っ!」
「ひゃっ、はあああああああぁぁ――!」
手が鳴り。
足が鳴る。
男が叫び。
女が笑う。
やがて。
焚き火を囲んだ者たちが、
一定の調子で地を踏み鳴らし始める。
どん。
どん。
どん――
冬の固い地面から、
その震えが、足裏へ返ってくる。
火の粉が舞っていた。
山神四十八衆――
男女の境なく、
その、すべてが戦いに長けた民。
生まれたばかりの子供すら槍を持ち、
狩のなかで成長を育む。
そんな、大きな山の中心で。
赤い目の女が、
腹の底から笑っていた。
「…………」
我は。
そんな狂宴から、
すこし離れた闇のなかで。
ただ、静かに眺めていた。
炎の熱は、
ここまでは届かない。
ただ、笑い声だけが。
闇の中に、ほどよく聞こえていた。
――――――――――
「おい、フクロウ」
アカメが、こちらに歩いてくる。
酒と、焚き火の熱に、
その頬を赤く染めながら。
「なんだ」
「本当にいいのかい?」
アカメが、顎で山積みの荷を示す。
「ウチらで、こんなにもらっちまってさ」
「かまわぬ……」
「へえ、気前のいいことで」
「タカヒコ様のもとへ
今、持ち帰ったところで……」
焚き火を囲み、騒ぐ者たちへ目を向ける。
「どうせ、阿閉に奪われるだけだからな」
「はっは! そりゃあ、ありがたい話さね!」
アカメは高笑いを上げると、
我の肩を強くたたき。
もう、こちらを振り返ることもなく。
炎と、笑い声の中へと戻っていった。
「…………」
炎に照らされる顔は、
どれも、赤く、笑っている。
肉を頬張り。
奪った荷を抱え。
次の、春を待ちながら。
「そうさ、くれてやるとも……」
今はな――
タカヒコ様が。
ふたたび、三野臣として立つ。
その暁には。
こやつらは用済みだ。
人を襲い、山を荒らし――
我を知りすぎた者たち。
その日が訪れる時には、
こやつらを、すべて始末する。
荷も。
蓄えも。
山の道も。
そのすべては、
我らの手元に戻ってくるのだ。
どん。
どん。
どん――
止むこともなく山は震え続ける。
火の粉が舞うたびに、
踊る影が、山の闇へ大きく伸びていた。
炎のまわりでは、
なにも知らぬ者たちが。
次の、春を待ちわびながら。
踊り狂っている。
せいぜい。
今のうちに。
浮かれておるがよい――
■ 九章「揺らぐ道」 ~完~




