第百八十八話 鼓動編:★瀬渡・踊らされるものたち
◇【伊賀臣瀬渡】視点◇
「なにが、どうなってやがる……!」
どんっ――
伊賀之火子が、
握った拳を土床へ叩きつける。
城之越の竪穴。
中央の炉では、燃え残った薪が
赤々と燻っていた。
「フクロウの言ったことは、でたらめだった!」
三野の荷を襲ってから、
ことあるごとに、この調子だ。
「タカヒコの物なんざ、
荷には、ひとつも積まれてなかったぞ!」
「…………」
むかいに座る伊賀之水瀬が、静かに目を伏せる。
「三野からすれば、我らは完全に、
ただの物盗りですね」
「うぬぅ……」
我は、細い枝を炉に差し込み、
赤くなった薪の端を、その奥に押しこんだ。
「薄々とは分かっておったことだが……」
今の三野臣と、タカヒコ様が裏で繋がり、
その話を阿閉臣が承知している。
そんな与太話、
初めから真には受けておらぬ。
だが。
断れば、阿閉へ背いたと責められる。
飲むしかなかったのだ。
――――――――――
「ヒコ、死人は?」
「出してねえよ、
オヤジに言われた通りだ」
「そうか……」
「ただの野盗に襲われたと、
三野が思うてくれたら良いのだがな……」
そんな時。
「瀬渡さまっ!」
外から、地を蹴る足音が近づいてきた。
「ただいま、戻りました!」
戸口の筵を押しのけて、
一人の若衆が、息を切らして飛び込んできた。
「おおっ」
我は、おもわず身を乗り出した。
「青山はどうなった!」
数刻前。
三野が兵を連れ、
青山へ向かったとの報せがあった。
そのまま、両者が槍を交えてくれるなら、
我らには都合がよいのだが。
「それが、その……、
三野の兵は青山へ入ったあと――」
若衆は乱れた息を整えながら。
「そのまま、引き返していきました」
「は?」
「争った様子がありません」
一拍。
「一人の負傷者も出ておりませぬ」
「…………」
ぱちりと――
炉の火だけが小さく爆ぜた。
「なんだよ、それ」
ヒコが眉を寄せた。
「あのような状況から、
冷静な話合いに持っていけるものなのか?」
ミナセが、静かに我を見てくる。
「いかんな……」
これは、実にいかんぞ――
「青山と話を通したならば……」
ミナセの声が低くなる。
「荷の襲撃は、城之越の仕業だと、
三野へ吹き込んでいるやもしれませぬ」
「まあ、実際、その通りなんだけどな」
隣で、ヒコが頬を掻く。
「笑いごとではないわ」
刻一刻と悪くなっていく状況を前に、
我は、たまらず額を押さえた。
一人の怪我人すら出さず、
三野は兵を引いた。
ならば――
「次に目を向けるのは、我らだろう……」
口の中が、ずいぶんと乾いていた。
――――――――――
ヒコは険しい表情を浮かべたまま。
ミナセも、目を閉じて動かない。
誰も動かない。
そんな沈黙のなか――
我の頭の中に散らばっていた情報が、
ひとつに繋がってきた。
「フクロウの奴め……」
気づけば、膝の上で拳を強く握っていた。
「はじめは、我らを使って、
三野を削るつもりだと思うておったが……」
荷を奪わせ、三野を弱らせる。
そのための城之越だと。
「その狙いは荷ではなかったか」
その狙いは、城之越へ恨みを向けること。
我らと、三野を、
ぶつけるつもりなのだろう。
「フクロウの目に映る獲物のひとつに、
我ら、城之越もあったわけだ」
我ら城之越が、三野を打ち倒せば、
それはそれでよし。
フクロウは情勢を伺いながら、
ただ、取れるところまでを奪えばいいだけ。
うまく考えるものだ――
どう転んでも、あやつには損がない。
「我らが、阿閉臣に申し上げたところで
やはり意味はなさそうだのぅ」
「我らが削られることは、
阿閉臣の利になるわけですからね」
ミナセが静かに呟いた。
「くそ、ふざけんなっ!」
どんっ――!
ヒコの拳が、
再び、床を揺らした。
「俺たちゃ、死ぬまで、
踊らされるための駒だってのかよ!」
「ヒコ、おちつけ」
隣のミナセが、肩を掴んで止める。
「おまえは腹が立たねえのか」
「腹は煮えくり返っている……、
だが、今は一つでも多く手を打つのが先だ」
ミナセの顔を前に、
ゆっくり、ヒコは呼吸を整えていく。
「……だな、悪かった」
ヒコが落ちつきを取り戻すと、
ミナセは、その手を、ゆっくりと離した。
――――――――――
しばらくの沈黙のあと。
「三野は、すぐに来るでしょうか?」
ミナセが我に目を向ける。
「うーむ、はやければ次の春……」
一度、息を置く。
「あるいは、秋……」
「じゃあ、それまでに戦の支度だな」
ヒコが立ち上がる。
「……戦の備えだけでは、
まさに、我らは死ぬまで踊らされるぞ」
「戦の他に、なんの備えがあるんだ?」
「フクロウを出し抜き、
阿閉の手から離れるための道だ……」
三野へ、話を通すための道。
城之越を――
イガを、生き残らせる術。
「春か……」
我は。
戸口の向こうに沈む、
冬の、夜の闇に目をむける。
我らに残された時は。
長いのか。
それとも――
あまりにも、短いのか。




