第百八十七話 鼓動編:因果の先にいるもの
事象には因果が生まれ。
誰かが動けば、
その結果には必ず跡が残る。
意識していようと。
無意識であろうとも――
――――――――――
「山の者を動かせる者、か……」
三野臣黒犬が静かに呟いた。
「そんな者、そう多くはあるまいて」
名張臣白髪は顎ひげに手をあてる。
「そう、たとえば父上……」
クロイの槍を握る指に力がこもる。
「以前の三野臣、高彦だな」
青山臣阿保が口元を緩めた。
「以前の三野臣を、
アボさんは知っているんですか?」
俺は視線をアボに向けた。
「当然じゃ、この青山に、
何度も兵をけしかけてきおったからな」
「…………」
クロイの槍を握る指に、さらに力がこもった。
「その三野のおっさんは、
今、どこで、なにしてるんだ?」
イワホコが大きな石斧を地におろし、
その警戒を緩めていた。
「アガミ、どうだ?」
アボが、背後に控える青山之阿上に目をむける。
「……よろしいのですか?」
「かまわん」
一度、確認をするとアガミは皆の前にでる。
「以前の三野臣であるタカヒコ殿は、
現在、北の阿閉臣のもとに身を寄せてます」
「やはりか……」
クロイは静かにうなずく。
その表情は険しく、複雑な思いがあるのだろう。
「兵の多くはすでに阿閉へ取り込まれ、
自身も、ほとんど環濠から出ておらぬようです」
「かつては名を馳せたタカヒコが、
今は余生を静かに過ごしてるとはのう」
シラガは遠い目を浮かべる。
「父はそんな人間ではありません。
いかな時にも野心を内に秘めているはず」
クロイは断言する。
「だが、そんな状態で小細工なんて、
できるもんなのか?」
ぼりぼりと頬を掻きながら、イワホコは言う。
「……父は、一匹の梟を飼っております」
「フクロウ……?」
「古くから父の裏で動く、
実質、三野を動かしてきた知の者です」
「なんと、そのようなものが……」
長く名張臣を務めるシラガでさえ知らない、
つまり、影の存在ということか。
三野之梟――
「奴なら人知れず山の者を動かし、
知らせを運び、裏から手をまわすことも……」
「その、フクロウとやらは、今どこに?」
「城之越に身柄を移す際、
山の野盗に襲われて行方がわからぬと」
「死んだか……あるいは……」
「山に、その身を潜めているか」
アボの言葉に被せるように、俺は呟いた。
「父が、阿閉からフクロウを使い、
これほどの手を伸ばしているというのか?」
クロイは、眉間にしわを寄せる。
「あるいは、阿閉臣が動かしているのか、
そこまではわからんが……」
アボが、その目を細くする。
そしてあたりは静寂に包まれた。
かさり――
竪穴の屋根に積まれた枯れ草が鳴っる。
不意に衣の隙間へ入りこむ冬の風は、
とても冷たかった。
「でも、この先に行けば、
もう少し分かるんじゃねえのか?」
イワホコが腕を組む。
「先……?」
「城之越だよ」
「城之越に向かうなら……、
青山を一旦下り、さらに北じゃが」
アボの顔から笑みが消える。
「ただ、あやつらは阿閉の影響下に強くあるぞ」
「ならばこそ、城之越へ行けば、
色々なものが見えてきそうですね」
* * *
手元に残る偽りの石包丁。
山の神に、その向こうには城之越。
さらに先には阿閉と高彦がいる。
ばらばらだった出来事が、
ようやく、ひとつの線に繋がり始めた。
* * *
「このまま、城之越へ向かうか?」
クロイの目が鋭くなる。
「いえ……」
それは厳しいだろう。
「城之越は、青山のように、
こちらの話を聞くとは限りません」
連絡を取ったことのない、
どんな相手なのかもわからない相手。
「いきなり攻撃を仕掛けてくるかもしれません」
「たしかに、我ら三十の兵では、心許ないのう」
シラガが低い声をあげる。
「村を、これ以上空けるのもよくねえよ」
イワホコは、名張のある方角へ目を向けた。
今は冬の真中である。
「今回は、ここまでにしましょう……」
俺は、横に首を振る。
「そして、森を出たら、
まずは三輪に早足を走らせましょう」
今頃、こちらに向けて、
その兵を整えている頃だろう。
「青山に敵意なし、
次に、兵を動かすのは春……」
急ぐ必要がないのであれば、
今度は、じっくりと備えをするべき。
次に、むき合う敵は、
野盗の規模を遥かに超えるだろう。
――――――――――
それから。
しばらくして。
「青山臣、此度、我らは、
青山を疑うてここまで来た……」
クロイが、アボへ身体をむけて、
その槍を地面へ置く。
近くで働いていた青山の者たちも、
手を止め、こちらを見る。
「すまなかった」
三野臣黒犬が、深く頭を下げる。
「…………」
その光景を前に、アボは立ち尽くす。
こん――
少し離れたところで、
薪を割る音だけが大きく青山に響いた。
「まさか、あの三野の臣に、
頭を下げられる日がくるとはな……」
そして、ふと笑い。
「確かめもせずに槍を向けられるよりは、
疑われるほうが、なんぼもよい」
アボは、森の向こうへ目をむけた。
「城之越へ行くときは、
その道、我ら青山が教えてやろう」
「……かたじけない」
「ただし、話をつけるのは、おぬしらだぞ」
アボは、空を見上げて。
「我らが表に出れば、
間を置かずに戦となるからのう」
くっくと、アボは小さく笑う。
そして、冬の風が、
青山の小さな環濠を抜けていった。
「城之越か……」
俺は、北の山を見上げる。
だが、為吾の山は、
なにも答えてくれない。
ただ、その向こうへ続く道だけが。
静かに春を待っていた――




