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卑弥呼転生 ~妹を女王に、現代知識で邪馬台国を作る~  作者: 露李鈴
● 187年| 冬:九章「揺らぐ道」

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第百八十六話 鼓動編:細部に真実がやどる

「ほっ、これはこれは……」


 俺の差し出した石包丁を見たまま。


 アボは、

 声を上げて笑っていた。



「何がおかしい」


 隣で、クロイの眉がわずかに吊り上がる。


「いや、すまぬ……、

 ぬしらを笑うたのではない」


 アボは、笑いを収めると、

 手元の石包丁へ目を落とした。


「ただ……あまりにも、この石がのう……」



「なにかあるのですか?」


 おもわず俺は聞いた。


「ふむ、少し借りるぞ」


 アボは、俺の掌から石包丁を受け取り。


 その石包丁を裏返して、

 最後に、表面へ刻まれた二本の筋を親指でなぞる。



「ぬしらは、これのどこを見て、

 青山の物と思うた?」


「どこって……」


 俺は、石包丁へ目を落とす。


「その二本の筋ですが」


「それだけか?」


「……え?」


 アボの口元が、

 また、わずかに緩んだ。



「アガミ、おぬしのを貸せ」


「はい」


 アガミが腰の袋から、

 一枚の石包丁を取り出した。


 アボは、それらの二枚の石包丁を並べ、

 俺たちの前へ差し出した。


「見比べてみよ」



「…………」


 冬の日差しを受ける、二枚の石。


 俺には同じ二本筋の、

 ただの石包丁にしか見えなかった。


「同じではないんですか?」


「ここを見よ」


 アボの指が、

 アガミの石包丁へ伸びる。


 二本筋の印、その右上。



「まさか、これですか?」


 言われて初めて気づく。


 いや。


 そこに傷があること自体は、

 前から見えていたはず。


 二本筋の右上にある、小さな十字傷。


「これは、ただの傷では……?」


「ほっほ。知らぬと、そう見えるのう」


 アボが、その十字傷を指でなぞった。


「だが、これが青山じゃ」



「二本筋は、我ら為吾に伝わる古き印、

 その端にそれぞれの地を示す刻みを添えておる」


 アボの指先が十字傷を指す。


「二本筋に、二画の十字、

 これを二本筋の二と呼んでおる」


「二本筋の二、ですか」


 ナギトからもらった石包丁を取り出す。


 同じ場所に、たしかに十字傷があった。


 何度も見て、

 指でも触れていたのに。


 俺は、ただの欠けだと思っていた――




「では、こちらの二本筋だけのものは?」


「それがおかしくてのぅ……」


 アボが、可笑しそうに鼻を鳴らした。


「二本筋だけならば遥か昔の為吾を示す」



「遥か昔とは、どれほどのものだ?」


 クロイが目を細める。


「まだ為吾が分かれる前じゃ、

 我らの爺、そのまた爺よりも昔であろうな」


 そう言いながら、アボは、

 拾われてきた方の石包丁を裏返した。


「ところが、この石包丁の刻みが新しい」


 爪先で、二本筋の縁を軽くなぞる。


 削られた溝の奥には、

 まだ、白い石肌が残っていた。



「遥か昔の為吾の印を、

 新しい石包丁へ刻んだ者がおると?」


 シラガが、二枚の石包丁を見比べる。


「いやはや、ずいぶんと若い、

 ご先祖様がおったものよのう」


 アボの肩が、小さく揺れた。



「カゲハとやら、おぬしは、

 この印が分からなんだのか?」


「…………」


 しばらくの沈黙のあと。


「……不覚にも」


 カゲハは、静かに頷いてみせた。


「二本筋までは知っておって、

 その先は、知らぬか」


 アボは、しばらく、カゲハを見つめた。


「おぬしも、随分と訳ありのようじゃの……」


「…………」




「でもよ、他の為吾が、

 青山を疑わせるために作ったとか?」


 イワホコが、二人の間へ、

 割って入るようにして声を上げた。


「それはあるまい」


 アボの答えは早かった。


「他の為吾の者なら、

 この刻みを忘れたりはせぬ」



「なら、山の神の奴らはどうだ?」


 イワホコが言う。


「山の神たちは、名張の荷で、

 自分たちで儀礼の痕を残してます」


 俺は首を振った。


 両足と、喉を貫かれた、

 あの亡骸の惨状が脳裏に浮かぶ。


「青山に罪をかぶせるなら、

 わざわざ、あんな真似はしませんよ」



「うむ、そうじゃな……」


 そう言いながら、

 アボは、俺に石包丁を返してきた。



 ざらり――


 石の感触が。

 妙に、俺の掌へ残る。



「この石を作ったのは、

 為吾のことを知っている者で」


「だけど、為吾の者ではなく、

 山の者たちを動かせる者となる」



 そう言ってから、

 俺は、北の山に目を向けた。


 冬の風が、

 小さな青山の環濠を抜けていく。


 白い煙が、木々の向こうへ流れていった。



 誰も。


 その言葉の先を、口にはしなかった――

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