第十五話 火巫女の水辺【上水管理】
翌朝の名張村は、静かな賑わいに包まれていた。
火床では湯が沸かされ、
水を汲みに来た者が薪を足し、
また別の者が土器を手に集まってくる。
火の理は、すでに村の習慣として、
根づきはじめていた。
「……お、はよぅ……」
イミコは俺の後ろへ半歩隠れ、
そっと、顔だけを覗かせて小さく手を振る。
その姿にあてられ、
村人たちの顔に自然と笑顔が生まれた。
「お早いですな……」
シラガが歩み寄ってくる。
「村の水場を見せてもらおうかと、
飲む水をどこから取り、
汚れはどこへ流しているのか……」
「水場、ですか……それならこちらへ……」
シラガは静かに頷いた。
村にとって水場というのは大事な資源、
つまり、一員と認めてもらえたということだろう。
「……みんなの、おみず……」
イミコは、興味深そうに目を輝かせていた。
――――――――――
案内された先は、
村の北東の斜面を流れる細い沢だった。
「もうすこし歩けば大きな川もありますが、
皆、もっぱら、この沢を利用しておりますな」
さらさらと、石に触れながら流れていく、
やわらかな音が心地よい。
「……わぁ、おみず、きれい……!」
「入ったらだめだよ」
そう言いながら、
俺は、その場にしゃがみこんだ。
水は、一見すると澄んでいる。
底の小石まで見えた。
だが、それだけで安心はできない。
「あれは……」
川下に視線を向けると、
沢の脇の土がひどく荒れていた。
さらには血の染みた草、汚れた布、獣を解体した骨。
腐りかけた塊の残った土器まで転がっている。
「村の者たちも、汚れは下流のほうに、
流すよう心掛けていますが……」
シラガが声を掛けてくる。
「この距離では、近過ぎるんですよ」
「しかし、汚れは川に流れるのでは……」
シラガは訝しげな表情を浮かべる。
「目に見える泥や血はそうでしょう。
……ですが、病の種は違う」
俺は水面を指した。
「穢れの中には水の流れに逆らうものや、
人の手、器や、布を通してまた水場に侵入します」
「ほう、それは面妖な……」
「この沢は細く、流れる量も少ない、
すると、それだけ穢れが溜まりやすいんです」
「なるほどのぅ……」
「病が流行る前……村の人数は、どうでした?」
俺は、シラガに視線を向けた。
「数は順調に増えておったのじゃが……」
シラガは空を仰いだ。
「病で倒れた者も多く、
それに、恐れて村を離れた者もおりますじゃ……」
村人が順調に増えた。
そして、数が増えることで沢が限界を超えた。
おそらく、そういうことだろう。
――――――――――
大体の状況は把握できた。
「ここで、飲む水を汲むのはいいでしょう」
俺は立ち上がり、流れに沿って、
川を下るように歩いた。
「洗いものや汚れの出る作業は、ここより下、
解体は、さらにその下です」
「沢を分けるのですな」
シラガは、水の流れと、
俺の指差す先を何度も見比べた。
「ここは、のむ……こっちは、あらう……」
イミコも顔と水の道を交互に見て、こくりと頷いた。
「昨日の夜みたいに、わけるんだね」
「そのとおりだ……偉いぞ、イミコ」
――――――――――
「村の皆への、伝え方ですが……」
どう分けるかを決めたところで、
それを村の人たちに従わせなければいけない。
ただ「飲む場所だ」と言いつけるだけでは弱い。
守らせるには、理屈よりも強いものが要る。
つまりは信仰だ――
「ここから上流は、巫女の水場としましょう」
シラガが眉をしかめる。
「ここは、火の巫女が口にする水を汲む場所です。
だから、ここで手足を洗わない……」
「……なるほど」
シラガの目が、ゆっくり見開かれた。
「巫女様の威光で水場を守るんじゃな。
それなら、たしかに誰も無暗に汚しますまい……」
「お願いします」
「……みんなの、おみず?」
イミコは、小さく首をかしげた。
「ああ、みんなの水だよ」
「でも、わたしの、なの?」
「イミコの水場でもあるよ。だから、みんながきれいに使うんだ」
その言葉に、イミコは、ぱっと顔を明るくした。
「ぅん……! きれいに、つかう……!」
澄んだ声が、水音に重なる。
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そのとき。
斜面の上で、
枯れ枝を踏み折る音がした。
「そこで何をしている」
振り向くと、山側の獣道の先に、
数人の男たちが立っていた。
手には石槍。
肩には、屠殺したばかりの獣の脚。
「なぜ、神聖な水辺に、忌み子がいる……」
屈強な男たちの先頭にいる大柄な男は、
以前、シラガに抗議をした男。
タケだった。
張市南部の丘陵地帯を流れる、
名張川水系へ繋がる沢や、小川を想定しております。




