第十四話 あたらしい夜
名張の山に、どっぷりと日が落ちる頃。
新しくなった小屋の中で、
俺達は肩を並べて囲炉裏の火を囲んでいた。
「みんな、いなくなっちゃったね……」
村の男たちは、暗くなる前に里へ帰っていった。
この時代、夜の山を出歩くのは危険すぎる。
それは村の大人たちでも同じだ。
夜になったら外出をするべきではない。
「また、いつでも来てくれるさ」
「うん」
イミコはこくんと嬉しそうに頷いた。
それから、屋根を見上げる。
厚く重ねられた草屋根。
昨日までのような隙間風は感じられない。
「……ほんと、おうち、なったねぇ……」
「そうだね」
草と、土と、煙の匂いがふわりと鼻を撫でる。
炉の石は寄せ直され、
火床の形も整っている。
床には新しい草が厚く敷かれ、
足の裏に伝わる感触まで違っていた。
「こっちも、ほら……」
俺は、村から頂いたものを床に並べていく。
栗と、どんぐり。
新しい麻の衣に、水を汲むための土器。
そして、火起こしの道具一式。
細長い火きり棒。
乾燥した柔らかな木で作られた火きり板。
そして、弓――
村で代々使ってきたのだろう。
火を生むための、ちゃんとした火切弓だ。
弓には丈夫な動物の腱を撚った弦が張られ、
握りの部分は、手に馴染むよう丁寧に削られていた。
火きり板の窪みも、熱い粉を溜めやすいよう、
Ⅴ字の切れ込みが精確に刻まれている。
数日前、俺が即興で作った粗末な弓錐とは、
まるで物が違った。
「立派なもんだな」
「ひを、つけるやつ……?」
イミコが隣から覗き込んできた。
「これが、村で使ってる本当の火起こしだよ」
「……わぁ、すごぉ……」
イミコは目を丸くして、
まるで宝物でも見るように道具を見つめていた。
実際、村のなかでも貴重なものらしい。
「にぃに、これも、もらったの?」
「そうだよ」
「じゃあ……もう、ひ、きえちゃっても……だいじょうぶ?」
その問いに、俺は一瞬だけ息を止める。
「……できれば消さないほうがいいけど、
もし消えても、これでまた火を起こせるよ」
「よかったぁ……」
そのちいさな肩から、ふっと力が抜け落ちる。
イミコに任せた火の番――
本人は何も言っていないが、
その重圧たるや、俺の想像以上だったのかもしれない。
「これで、暮らしが楽になるな」
俺は、新しくもらった土器に水を汲み入れ、炉へ掛ける。
土器が割れてないだけで心が躍る。
そして湯が温まるあいだに、
壁際の一角へ、食べ物と道具を寄せていく。
栗はここ。
どんぐりはこっち。
火起こしの道具は、湿気を避けて小屋の奥へ――
並べてみると量は多くない。
けれど、昨日までの俺たちには考えられないほどの蓄えだ。
「にぃに、なにしてるの?」
「置き場所を決めてるんだよ」
「……おきばしょ?」
「どこに何があるか、
決めておいたほうが使いやすいからな」
イミコは、しばらく考えてから、
手に持っていた草束をそっと脇へ置いた。
「じゃあ、これも、ここ?」
「そこだと火に近すぎるかな、もう少し離そうか」
「……こっち?」
「うん。いい場所だ」
「ぅん……!」
褒めると、イミコは嬉しそうに頷いた。
置き場所が決まる――
そうすると、必要なものと、捨てるものが定まり、
不足している物も把握しやすくなる。
そういう小さな積み重ねが、
人の暮らしを作るということなんだろう。
――――――――――
しばらくすると、
火にかけていた土器から湯気が立ち始めた。
ほんのりと温まった湯を、俺は器へ移す。
それだけで立派な夕餉となる。
火から少し離した場所へ、栗を並べて温める。
「……いいにおい……」
湯気を見ながら、
イミコが、ぽつりと呟いた。
温い湯を口にする。
冷えた身体へ、じわりと熱が落ちていく。
栗も、素朴な甘さがちゃんとあった。
「……おいしい」
「ああ」
「……むらの、たべものだ……」
「皆が分けてくれたものだ」
その言葉を聞いて、
イミコは少しだけ胸を張ってみせる。
「わたし、ちゃんと、ありがとした……!」
「立派だったよ」
「えへへ……」
ふにゃっと笑う。
その笑顔は、まわりを温かくする。
それは、イミコの力なのかもしれない。
――――――――――
外は、いつの間にかすっかり暗くなっていた。
けれど、今夜の闇は、
もう昨日までの闇ではない。
入口の囲いの向こうで風が鳴っている。
草屋根の表を、さわさわと撫でていく音もする。
それでも、その気配は遠かった。
数日前なら、隙間から風が俺の頬を刺し、
寝床の熱を奪ってきたはずだ。
「……にぃに」
「ん?」
イミコは敷き足された草の上へ座り込み、
両手で、白い衣の裾を抱えるようにしていた。
「ここ、すき……」
「俺もだよ」
「……きのうより、ずっと、すき……」
そう言って、にこっと笑う。
それから、ふと真顔になって、火を見つめた。
「……あしたも、くるんだね」
「ああ。明日も来る」
明日の朝は、
目を覚まさないかもしれない――
そんな恐怖に怯えることなく眠りにつける。
それが、どれほど尊いことか。
「あした、また、むら、いくの?」
「行くよ」
「なにするの……?」
「明日は、水場まわりを見ようと思う」
村に、火による煮沸を与えた。
だが水回りの問題は放置したままだった。
「おみず……」
「うん。村の皆がまた病にならないようにする」
イミコは、しばらく火を見つめていた。
「……そしたら、みんな、また、わらう?」
小さな声だった。
けれど、その願いは、いつものようにまっすぐだった。
「そうなるようにしたいな」
「ぅん……」
それで満足したのか、
イミコは、草の寝床へころんと横になった。
新しく敷かれた草が、かさりと鳴る。
「……やわらかぃ……」
「よかったな」
「ぅん……」
その返事は、
もう半分眠っていた。
俺も、その隣へ横になる。
「……よかったねぇ、にぃに……」
うとうとしながら、イミコが呟く。
その言葉に迷うことなく、
俺は、頷いた。
「ああ。よかった」
火は静かに息づいている。
そのぬくもりに包まれながら、
俺たちは、ようやく本当の意味で眠りについた。




