第百八十二話 鼓動編:★阿保・青山へとむかう道
◇【青山臣阿保】視点◇
ざわっ――
背後で、枝が揺れる。
森に差し込む光が、
木々の向こうへ遠ざかっていく。
「はぁ……まいった、まいった……」
ここまで来れば、あやつらからも見えまい。
ようやく、まともに息がつける。
「むこうは、三十を越えておりましたな」
右腕の青山之阿上が静かに呟いた。
「あんなのとまともにぶつかれば、
我ら青山は、持ちませんよ」
まだ若い青山之阿波根が、
軽々に泣き言をこぼす。
「まったく、情けないのぅ……」
だが、まったくそのとおり。
青山は決して大きな集まりではないのだ。
「あの数を相手に、真っ向からでは、
我らに勝ち目は薄いですな」
アガミは、不敵に笑っていた。
こいつは昔から不躾な物言いをするが、
その目は、確かなものを見ている。
「草地では勝てんだろうなぁ……」
我は、これみよがしにため息をこぼす。
「だが、この森ならば、好きにはさせまいて」
「本当に来るのでしょうか」
アバネが来た道を振りかえる。
「さてのぅ、さっぱりわからん」
「頭ぁ……そんな、適当な……」
あやつらの兵は――
普通に考えれば退くだろう。
あそこまで脅しをかけ、待ちぶせを匂わせ、
森へ入って来られるはずもない。
――――――――――
「だが、あの童……、
最後まで我を信じるとは言わなんだな」
「我らを疑っているなど、
誠に、無礼な話ではありませぬか」
アバネが眉を寄せて憤る。
「逆じゃ、馬鹿もの……」
我は首を横に振った。
「簡単に信じますなどと言う方が、
よほど信用ならぬ……」
ただ時間を稼ぎ、こちらの隙を伺い、
自分の利だけに目を光らせているような――
そんな上辺の言葉に価値はない。
その点、あの童の言葉には嘘がなかった。
「それに、あの火の巫女……」
「あの童女ですか」
三十余りの槍の中に混じる、小さな娘。
その光景はあまりに異質。
青山を攻めるだけなら、
わざわざ過酷な山道を連れて来る理由もない。
「では、あの者たちを、
本当に青山の里へ案内するのですか?」
「誰が、そのようなことを申した」
「は?」
アバネが足を止める。
――――――――――
「我は、ついて来いと申した、それだけよ」
「では……」
アバネが、おそるおそる尋ねる。
「あの兵たちが、森へ入ってきたなら?」
「その時は敵だ」
即座に答えた。
「話をする者だけ前へ出よと、
そう、我は最初に言ったはずだ」
そこで、一旦、呼吸を整える。
「その上で、この森へ兵を押し込んでくるなら、
それ以上、言葉を交わす必要はない」
話し合いと言いながら、
兵を押し込む者が、
この先、交わした約定を守るとも思えぬ。
「では、一人か、二人だけの物見を、
こちらへ寄越したなら?」
「帰してやれ」
「……帰す?」
「青山の里を見せることはない」
その時、丁度、
二手に分かれる獣道に通りかかる。
我は、迷うことなく右へ折れる。
後ろの二人も当然のようについてくる。
これが、外の者なら、
この分かれ道にすら気づくまい。
「ただ、道を違えさせればよい」
殺す必要もない。
自らは、兵の後ろへ隠れ、
名も知らぬ者だけに青山を探らせるのなら。
こちらに里を見せる理由はない。
「では、あの場の者たちが、
兵を置いて、こちらへ来たならば……」
アガミの声が、少し低くなった。
「…………」
すぐには答えられなかった。
* * *
兵を置き、
自ら、森へ踏み込む。
それは、あまりに細い道だ。
ふつうなら選ばぬ。
だが、あの童なら――
* * *
「その時は、青山へ案内せよ」
「よいのですか?」
アガミが、驚いた表情を浮かべる。
「青山の里を見せれば我らの数も、
その暮らしも、知られてしまいます」
その隣で、アバネが語気を強めた。
「我らの里を見せるのが、
荷を奪っておらぬことを示すのに一番早い」
だが同時に、青山の森に隠していたもの、
そのすべてを知られてしまう。
その人の少なさも、
蓄えの乏しさも知られることになる。
その時から、我らは弱者となり下がるだろう。
「だからこそ試すのだ」
その覚悟を。
このような理不尽な要求をまえに、
その「信」を見せてくれるというのなら――
どうやら我は。
あの童が、そうすることを、
心のどこかで望んでおるらしい。
――――――――――
「アガミ、おぬしは森の入口へ……」
「いかように?」
「思うとおりにせよ」
「はっ」
アガミは小さく頭を下げると、
今来た獣道を、冬野の方へと姿を消した。
「さて」
この細い道――
あやつらは、
どこまで来るのやら。




