第百八十話 鼓動編:冬野の先へ
ざっ、ざっ――
冬枯れした草が、
いくつもの足に踏み折られていく。
硬くなった茎に、裸足の裏がちくちくと刺され。
朝の冷えを残した土は、
足裏から容赦なく体温を奪っていく。
「はぁ……」
吐いた息は白く、
薄い冬空に消えていった。
「やっぱりきついなぁ……」
名張を出てから、
三野までの「道」は歩きやすい。
けれど。
三野を越え、青山へ向かい始めると、
その「道」は少しずつ姿を失っていった。
「……にしても険しいな」
前を行くイワホコが、
手元の槍で、枯れ草を押し分ける。
最初は、土の筋として残っていた獣道も、
進むほど細くなり、やがて跡形も見えなくなった。
もう、俺には、それが人の歩いた跡なのか、
獣が踏んだ跡なのかは見分けられない。
「おもったよりも、時間が掛かるのう……」
シラガが呟く。
以前、数人で青山を訪れた時とは違い、
今回は三十を超える大所帯。
振り返れば、
さっきまで何もなかった冬野に。
俺たちの通った跡だけが、
一本の筋となって残されていた。
――――――――――
「止まれ」
先頭から声が飛んだ。
行く手には、小さな川が流れていた。
クロイが槍の柄で川底を探る。
ほかの三野の者たちが上流へ散って、
水の浅い場所を探していた。
「こっちだ」
「石に気をつけろ」
ひとりずつ、裸足のまま、
川の流れに足を踏み込んでいく。
「つめたっ……」
足首ほどの水なのに、
冬の冷たさは、一切の容赦がない。
岸へ上がれば、濡れた足へ風が当たり、
かえって指先が痛んだ。
先頭の者たちが向こう岸へついても、
最後尾は、まだ川の手前にいた。
少人数なら、
なんてことのない流れだが。
それが大勢となれば、
こんな、小さな川ひとつで列が止まってしまう。
道がない不便というのは、
まさに、こういうことなのだろう。
本当なら――
冬に、これだけの人を動かすべきじゃない。
本来なら、今ごろ、
それぞれの土地で畑を見たり、
山で獣を追ったりしているはずの男たちだ。
それぞれが村の大事な手なのである。
それでも、今回ばかりは、
青山へ向かわなければならなかった。
――――――――――
小高い場所へ上がったところで、
一度、俺は振りかえる。
冬野の向こうまで、
槍を持った人の列が長く伸びていた。
「普通に多いよなぁ……」
以前、三野が動かした兵に比べれば、
半分にも満たない。
それでも。
今の俺たちには、
とても、重い数だった。
「……にぃに?」
イミコも、後ろへ続く槍の列に目をむける。
「あおやまのひとって、わるいひとなの?」
「……まだ、分からない」
前回、イミコは、
青山の者たちと顔を合わせている。
だからこそ、より不思議なのだろう。
俺も、あの人たちへ、
こんな疑いを向けるとは思っていなかった。
「分からないからこそ……、
ちゃんと、お話をしに行くんだよ」
「そっか」
イミコは小さく頷くと、
また、俺の隣を歩き始めた。
――――――――――
それから、さらにしばらく進むと。
枯れ草ばかりだった景色に、
すこしずつ、低い木々が混じり始めてきた。
遠くに見えていた山も、
気づけば、冬空を背に大きく迫っている。
「あれ……?」
村も、柵も、人の姿もない。
なんの特徴もない薄暗い森が、
行く手を塞いでいる。
なんだろう。
この景色に見覚えがある。
冬枯れしているから、
以前とは、その様子が違うが。
それでも。
前方へひらけた草地と、
その先を塞ぐ森。
ここは、以前、俺たちが、
呼び止められた場所によく似て――
「そこまでだ」
三十を越す足音が、一斉に止まった。
ざっと槍が持ち上がり、
姿のない誰かにむけて警戒をする。
前回と同じだ――
森から声が聞こえるけれど、
どの木の陰からなのか分からない。
いくら目を凝らしても。
そこに、人の影はなかった。




