第百七十七話 闇に消える道
山の神の贄――
その儀式の意味までは、
俺にも分からない。
ただ。
自然物や現象に、
神が宿るという自然崇拝。
いわゆる、アニミズム。
それは。
俺たち名張が「火」を、
信仰へ結びつけているのと。
根は、似たものなのだろう。
「つまり、野盗が、
これをやったってことか……」
イワホコは、まわりの惨状を見渡す。
「一介の野盗が……これを……?」
荷のそばに倒れた者たちのなかには、
槍を手にした亡骸も多い。
三野は、何の守りもなく、
この荷を送り出したわけじゃない。
なのに、誰一人生きていない。
そんなことが野盗に可能なのだろうか。
――――――――――
「けど、おかしいんだよ」
イバラが声をあげる。
「何がじゃ?」
「山の奴らは人里じゃ浮くんだ、
格好も、話し方も、まったく違うからな」
イバラが、陽に赤くそまる道に視線をむける。
「三野の道を歩けば、
どうしたって目立つはずなんだ」
鼻を鳴らし。
それから。
横倒しになった修羅へ、視線を戻す。
「今日、こんな、でけえ荷が通ることを、
どこで知ったんだ?」
「山の者たちに、この荷が通ることを、
知らせた者がおる……」
「そういうことかのう」
シラガが、静かに口を開く。
「たぶんな」
「…………」
そんな、二人のやりとりを聞きながら。
俺は、強く握ったままだった拳を、
ゆっくりとひらく。
掌に残った爪の跡が、じくりと痛む。
その痛みに、
少しだけ頭が冷えた。
そう――
今考えなければいけないのは、
誰が、この荷を襲わせたのかだ。
「アシさん」
「……ん、なんだ?」
「すみませんが、また、
三野臣のもとへ走ってください」
「おう」
「荷が襲われたこと、それに、
山の神が関わっているかもしれないと」
「分かった」
アシは小さく頷くと、
すぐに、三野への道へ向き直る。
「他に何人か一緒に行ってください、
まだ、敵が潜んでいるかもしれません」
「おう」
数人の護衛を連れて、
アシは、三野への道を走っていった。
やがて、木々の向こうへ姿を消した。
――――――――――
「亡骸を弔うのも……」
シラガが西の空を見上げた。
陽はもう、
山際へ沈みかけていた。
「これらを片付けるのも、明日じゃな」
シラガが、修羅へ目をやる。
無残にも横倒しにされた修羅から、
長い影が伸びていた。
「暗くなる前に、
残された物だけ確かめておこう」
シラガの言葉で、
俺たちは、また動き出す。
あたりに散らばった荷を、
俺たちは手分けして見てまわった。
「…………」
朝、名張のみんなが、
楽しみに待っていた荷が。
今は、冷たい泥の中へ、
ばらばらに散らばっている。
「なんだこれ」
イワホコが、短い声をあげた。
足元に転がる籠の下。
泥の間から、
不自然に平たい石の端が覗いていた。
「……これは、石包丁か?」
イワホコは石を拾い上げると、
その表面についた泥を親指で払った。
その表面には、
二筋の刻みが平行に走っていた。
「それは……」
俺は、その印に見覚えがあった。
「ん、知ってるのか?」
イワホコが、石包丁を差し出してくる。
俺は石包丁を受け取ると、
親指の腹で、その二筋の刻みをなぞる。
見間違えるはずがない。
「青山で、同じ物を見ました。
一族の者なら誰でも持っている物だと……」
イワホコの表情が、険しくなる。
「じゃあ、その青山の奴らが、
山の野盗どもを動かしたってことか?」
「まだ、分かりません」
青山之阿保の顔が脳裏をよぎる。
道を通る荷には手をださず、
名張の市庭に出てくれると笑顔で応じてくれた。
そんな青山が、なぜ、こんな――
「決めつけるには、まだ足らぬ」
シラガは、俺の手から石包丁を受け取り、
その二筋の刻みへ目を細める。
「じゃが、無視もできぬな……」
黒い山のむこう側に、陽が落ちる。
辺りに残っていた夕焼けが、
静かに消えていく。
泥に汚れた石包丁、
そこに刻まれた二筋の痕。
山の神。
そして青山。
一度、繋がったと思っていた道。
その一寸先が、いまは、
暗闇に飲まれて見えなくなっていた。




