第百七十五話 修羅の果て
カンコン―― カンコン――
軽快な木を叩く音が、
名張の青空に響きわたっていた。
「そこ、場所を空けてください!」
「ここか?」
「はい!」
名張の市庭では。
朝早くから、三野に繋がる道の一角を、
名張の者たち総出で整えていた。
「修羅は重いですから、
土を削るかもしれませんね」
今日は、三野の修羅が、
名張の村までやって来る日だ。
「石でも敷いてみるか?」
イワホコたちが石を拾う。
「ったく……」
その横では。
イバラたちが、太い丸木を肩へ担ぎ、
市庭の広場に歩いてきた。
「荷が来るってだけで、なんで
オレ様までこんなもん運んでんだよ」
「この場所で修羅が止まらなかったら、
もっと大変ですよ」
「へいへい……」
文句を言いながらも。
イバラは言われた場所へ、
丸木を、どさりと降ろした。
そして出来上がる修羅を迎える場所。
つまり、荷下ろし場だ。
「修羅って、以前、巫女の大石を運んだ、
名張にもあるアレだろ?」
イワホコが、広く空けた場所を見渡す。
「こんなに広さがいるのか?」
「念のためですよ」
三野から、
どれほどの物が来るのか。
正直、俺にも分からない。
「数札のほうは、
これくらいで足りますか?」
じゃらじゃらと。
ユラが、たくさんの木札を持ってきた。
「ありがとうございます、
これだけあれば十分でしょう」
数札の準備の他、
届いた荷を置く場所も。
食べ物、道具と、
それぞれ分けてある。
これなら。
修羅が着き次第、
すぐに荷を降ろせるだろう。
――――――――――
「よし……」
準備は整った。
俺は、道の先に視線を向ける。
まだ。
そこに誰の姿も――
「あれ?」
小さな人影が、
こちらへ向かってきた。
「おーい、今、戻ったぞー!」
三野へ知らせを届けていたアシが、
白い息を吐きながら、市庭へ入ってきた。
「おかえりなさい、
三野臣への知らせは?」
「おう、ちゃんと伝えたぞ」
「……修羅のほうは?」
「ああ……」
アシは、三野へ続く道を振り返る。
「俺が、三野を出る頃には、
修羅も一緒に出たぞ」
「一緒にですね?」
「ああ」
よし。
それなら人が歩くのと、
修羅で、大量の荷を運ぶのとで、
到着に掛かる時間の差が、よく分かる。
「三野の修羅は、名張のより、
二まわりくらい大きかったぞ」
アシが、両手を大きく広げた。
「ほう、それは胸が躍るのう」
シラガが目を細めた。
――――――――――
昼を過ぎても。
修羅は姿を見せなかった。
「遅いですねぇ……」
「まあ、あれだけでかいからな」
アシは、それほど、
気にしていないようだ。
「朝は道が凍り、
昼には、ぬかるむからのう」
シラガは足元へ目を落とす。
以前。
三野からのカナメも、
同じことを言っていたな。
「はじめて修羅の道ですし、
具合を見ながら来てるんですかね」
「うむ、そうじゃろうな」
「もうすこし様子をみましょうか」
そう言いながら、
俺は、数札を確かめなおし。
荷の置き場を整えて、
道端へ出ていた枝まで片付ける。
けれど。
することが、
だんだんなくなってきた。
――――――――――
気がつけば。
環濠から伸びる影が、
ずいぶん長くなっていた。
朝から整えた荷下ろし場には、
まだ、何ひとつ、置かれていない。
「にぃに……」
いつの間にか。
イミコが、俺の袖を引いていた。
「おおきいの、まだ、こないね」
「そうだね」
三野へと続く道――
そこには、まだ誰の姿も見えない。
「…………」
おかしい。
陽は西へ傾き始めている。
いくら荷が重くても。
いくら冬の道でも。
ここまで、遅れるものだろうか。
「にぃに……」
イミコが、三野へ続く道を、
小さな指で示した。
「あっち……なんか、やだ……」
「…………」
俺も。
シラガも。
同じ道のさきに目を向ける。
「シラガさん」
「うむ」
シラガは、
すでに立ち上がっていた。
「どのみち遅すぎる、
様子を見にいくとしよう」
その声で。
近くにいた男たちの顔が変わった。
「アシ、イワホコ、イバラは、
何人かを連れて槍を持て」
「おう」
「イミコは環濠に戻ってて」
「……にぃに」
「ちょっと見てくるだけだから」
「……ん」
イミコの頭を撫でたあと。
俺たちは、三野へ続く道に向かった。
――――――――――
最初は。
おかしなところはなかった。
名張と、三野を行き交う、
行商たちの足跡が残っているだけ。
そこからしばらく進むと。
「なんだ?」
先を歩いていたイバラが、足を止めた。
道の端に太い縄が落ちている。
「これ、荷を縛る縄じゃないか?」
イワホコが、訝し気な表情を浮かべる。
縄は、その途中から切れていた。
「こりゃ、刃でやってんな」
「分かるんですか?」
「ああ、引きちぎれた跡じゃねえ」
それだけ言って、
イバラは道の先に視線をむける。
「…………」
その先の道は、
ひどく踏み荒らされていた。
入り乱れた足跡。
土へ突き立てたような、槍の跡。
そして――
「血だ」
赤黒い染み。
一つ。
その先に、もう一つ。
「急ぐぞ!」
イワホコの声で。
皆が、走り出した。
道を大きく曲がると、
一気に、視界が大きく開ける。
そこで。
「…………」
足が。
止まる。
道の真ん中。
大きな木組みが、
無残に横倒しになっていた。
「修羅が……」
その片側が。
ぬかるんだ土へ、
深く沈み。
太い綱は、
何本も切られていた。
その周囲には、割れた器。
踏み潰された食べ物。
裂けた籠。
持ち去られなかった荷が、
道の両側まで無残に散乱していた。
そして――
「…………っ」
人が。
倒れていた。
一人じゃない。
二人。
三人。
その向こうにも……。
三野から、荷を、
運んでくるはずだった者たちが。
冷たい道の上で。
血溜まりのなかで溺れるように、
その体を折り重ねるように倒れていた。
そこに。
なにひとつ。
動くものはなかった。




