第百七十四話 ★火子・動きだす道
◇【伊賀之火子】視点◇
オヤジと、ミナセは、
いつも難しい話をしている。
そのほとんどが、
俺には、よくわかんねぇ。
だけど。
ゆっくりと首を絞められているのを、
黙って眺めてりゃ、そのうち死ぬ。
それぐらいはわかる。
――――――――――
ざっざっ――
霜道を踏みしめる音が、
遠くのほうから聞こえてきた。
道からそれた木々の陰で、
俺たち伊賀者は、息を潜めている。
「来たな……」
道の向こうへ目を凝らす。
三野から来る者たち。
背には、いくつもの大きな籠。
その前後には、
槍を持った守りの男たちもいる。
「本当に来やがったか……」
フクロウの話なんざ、
ひとつも信じちゃいねぇ。
だが。
荷が出る日も、
通る道も。
そこだけは、
きっちりと合ってやがる。
「ヒコ」
隣に伏せる、
頬に古い傷のある大男が呟いた。
伊賀之熊子である。
「本当にやるのか?」
「ああ、殺すなよ」
「伊賀臣も、無茶なことを言う」
「ほんとにな」
クマコが苦笑する。
その向こうでは、
別の、伊賀者の一人が腰を落とし。
もう一人が、音もなく反対側へまわる。
『やれるのは、
お前しかおらぬ――』
「そこまで言われちゃ、
やらねえわけにもいかねえだろ」
「たしかにな」
「まずは俺が出る、
合図したら前と後ろを塞げ」
「承知」
そう残して俺が腰を上げると。
静かだった冬の森が、一斉に動き始めた。
――――――――――
「青山の奴ら、
三野の品を気に入るかな」
「これで行き来が増えりゃ、
嬉しいんだがな」
のんきに、
ゆっくりと近付いてくる声。
ただ、青山へ、
荷を届けに行くだけの奴らだ。
「…………」
だからといって、
今さら、止めるわけにもいかねえ。
「止まれ!」
俺は、道へ飛び出して。
一気に距離を詰める。
「なっ――」
護衛の一人が、
慌てて槍を構えようとする。
「遅いっ!」
相手の槍の柄を、
横払いで弾き飛ばした。
「ぐっ――!」
そのまま、
相手の懐へ入りこむと。
肩から、思いきりぶつかる。
「がっ」
三野の男が、霜の残る道へ転がった。
「貴様っ!」
もう一人、横から石槍が飛んでくる。
その穂先をかわしながら。
相手の手首を掴むと、
腕を捻りながら、足を払った。
「ぐあっ!」
そのまま、背中から道へ叩きつける。
石槍の穂先で、
喉も、腹も狙わない。
相手を立てなくして制する。
「……ったく、面倒くせぇ」
でも、これでいいんだろ。
オヤジ――
俺は、荒げる息を整えながらも、
まわりを見渡した。
クマコも、三野の男を地に押さえこみ。
少し離れた場所では二人の伊賀者が、
一人の護衛を挟み込んでいた。
二人の伊賀者の、
一人が相手の槍を叩き落とし、
もう一人が、背後から腕を締め上げる。
そうして、三野の者たちを、
次々に地へ押さえ込んでいった。
あとは紐で縛れば――
「このやろう!」
近くから怒鳴り声。
振り向けば。
城之越の若い男が、
倒れた男に、槍を振りあげていた。
その石穂が、胸へ落ちる――
「やめろ!」
その前に腕を掴み、
なんとか、槍先を逸らした。
「オヤジの言付けを忘れたのか!」
「でも、顔を見られた、
このまま、生かして帰せば……」
「かまうことはない、
それより、荷だけ持っていけ!」
「…………」
一瞬、若い伊賀者と視線がかち合った。
「分かったよ……」
そういうと槍を下げる。
「ひ、ひいっ」
そんなことをしている間、
三野の男が一人、森に逃げ込んだ。
「あの野郎!」
伊賀の者たちが立ち上がる。
「追うな!」
「でも――」
「いい、行かせろ!」
伊賀の者たちの足を止めた。
逃げる三野の背中は、
冬の木々の向こうへと消えていった。
「くそ、なんだっていうんだ」
何人かの口から不満の声があがる。
そりゃそうだ、
こんな気持ちの悪い仕事。
俺だって、文句の一つも言いたくなる。
だが――
「急いで荷を改めろ、長居はすんな!」
俺の言葉で伊賀者たちは、
地へ降ろされた籠を、次々と開けていく。
「お、食い物だ」
「布に、酒まであるぞ」
「…………」
元・三野臣高彦の品が積まれている。
そんな話だったはずだ。
だが。
出てくるのは、
暮らしに使う物ばかり。
「やっぱり、フクロウの野郎、
嘘ついてやがったな」
まあ、それでも。
城之越が、冬を越すためには、
ありがたい物だがな。
「あまり欲張んな、
持てる分だけを持っていけ!」
「ヒコ、お前も行くぞ」
他の者たちが山へ向かうなか、
クマコが、声を掛けてきた。
「先に行ってろ」
「……いそげよ」
荒れた道を一度振り返り、
クマコは、木々の間へ消えていった。
そうだ。
最後に残るのは、俺でいい。
――――――――――
「おい、生きてるか」
倒れた三野の男のひとり。
その傍らへ、俺はしゃがみ込む。
「うっ……」
額の傷は深くない。
「ちっ、めんどくせぇ……」
手持ちの布をちぎり、
流れる血へ、強く押し当てた。
「いっ……!」
「我慢しろ」
「なんで……」
「下手に死なれたら、
こっちが、困るんだよ……」
男の目は怯えていた。
いきなり荷を奪われ、殴り倒されて、
恨むなって方が無理な話だ。
それでも、
死人だけは出しちゃいけねえ。
「このくらいなら、死にゃしねえな、
あとはしばらく寝てろ」
男を、地へ戻し。
その奪った槍を、
少し離れた場所へ放り投げた。
「もし追ってきたら――
今度は、もうちょい痛い目見るぞ」
それだけ言い残すと、
俺も、樹木の間に入っていった。
白い霜の残る「三野の道」は、
いくつもの足跡に踏み荒らされて。
倒れた籠、折れた槍、散らばった荷。
その間に、わずかな血だけが、
赤く残っている。
それでも。
死んだ者だけは、
一人も、出さなかった。




