第百七十一話 修羅の道
ぱちり――
薪が爆ぜるたび。
魚の脂が焼ける匂いが、
白い煙に混じり広がっていく。
「おいしそ~」
名張の広場。
中央に燃える「巫女の火」のまわりには、
みんなで使う炉がいくつかある。
そのひとつで。
昨日、イバラたちの獲った魚が、
ずらりと並べられていた。
昨夜、食べきれなかった魚。
その腹を裂き、肝を抜いたものを、
今日は煙に当てている。
「にぃに、これ、いつ食べれるの?」
「昨日も食べたでしょ」
「きょうのも、おいしそう……」
イミコは、火に小さな手をかざしながら、
じぃっと炉の魚を見つめていた。
「そんなに見てもできないよ」
「むぅ……」
目の前で魚から脂が落ち、
じゅっ、と音を立てる。
「イバラさんたち、
ずいぶん、獲ってきましたねぇ」
魚の焼き目を返しながら、アサメが笑う。
「今日もヤナセに獲りに行くって、
息巻いてましたよ」
「そりゃ助かるねぇ」
そんな時。
「アシが戻ったぞー!」
環濠の入口から男衆の声が響いた。
「お、来たか」
俺は立ち上がる。
イミコも続くが。
名残惜しそうに、
一度だけ、炉を振り返る。
「おさかな……」
「逃げないから」
「お魚は、私が見ていますから。
おふたりは行ってらっしゃい」
「んっ」
アサメに見送られ。
俺たちは、
環濠の入口へ向かった。
――――――――――
環濠の橋を越えて、
市庭の広場まで出ると。
「戻ったぞ」
三野へ知らせを届けていたアシが、
こちらへ歩いてきた。
その脛には、
乾いた泥がこびりついている。
「……おかえり、アシ」
「おう、火の巫女様も元気そうだな」
「んっ」
イミコが、嬉しそうに頷いた。
その後ろから。
大きな荷を背負った、
三野のカナメたちもやってきた。
「みな、ひさしいな」
どさり――
背負ってきた荷が、
次々と地へ降ろされる。
「三野臣からの返事だ」
アシが口を開く。
「青山の者たちが、
次の市庭に来るそうだ」
「おお、それは嬉しいのう」
シラガが目を細めた。
「それでな」
アシが続ける。
「波多からだけじゃなく、
三野からも礼の品を贈りたいそうだ」
「ほう」
「今回、先に、いくつかの道具を持たせてくれた」
こうして話を聞いてる間にも。
カナメたちの手によって荷の縄が解かれ、
石斧や、木鍬が、土の上へ並べられていく。
「次の一巡り後に食べ物や、
ほかの礼品を、まとめて送るそうなんだが」
そこで、アシが間を取った。
「次の荷が多いため、三野臣は、
三野にある修羅を使いたいそうだ」
「修羅……?」
聞き覚えのある名前を、
俺は、記憶から引っ張り出す。
以前、大石を運ぶために使った木そり。
「たしかに修羅なら、
人が背負うより多くの物を運べますね」
たくさんの品を運ぶため、
それだけでも、十分に意味はある。
まだ、馬のないこの辺りで。
より大量の食糧などを運ぶことが、
できるようになれば。
この『道』が、戦にも――
「三野臣も、おもしろいことを考える」
「なんじゃ?」
「いえ、なんでも」
俺は、少しだけ笑った。
「荷も多いから、守りも多く付けるそうだ」
――――――――――
「道のほうは、どうでした?」
名張の道を作ってから、
初めて迎える冬。
「歩くだけなら問題なさそうだが」
アシが呟き。
「荷を背負ってると、少し厄介だ」
カナメが、横から口を挟んできた。
「厄介とは?」
「朝の日陰は、土が凍ってな、
たまに足を滑らせることがある」
「ああ……」
カナメの足元には、
固く乾いた泥がこびりついていた。
「そして、昼になれば緩んで、
今度はぬかるむ」
「これじゃ、荷が重けりゃ、
遅れることもあるだろうな」
「なるほど」
道を作って。
歩きやすくはなったけれど。
冬になれば、
また、別の問題が出てくる。
「履物も、考えたほうがいいか」
農作業や、川仕事で使う履物はあっても。
普段の暮らしでは素足で歩く。
道が変われば、足元だって、
変えていく必要があるのかもしれない。
「あ、それと最近、
道で見知らぬ顔が増えたな」
アシが、思い出したように言った。
「遠くからの行商ですか?」
「それなら、まだ分かるんだが」
アシは首を傾げる。
「荷も持たずに、
歩いてる奴がいるんだ」
「荷も持たずに……?」
「青山の者たちが、
道を見に来たのではないか?」
シラガが、白い髭を撫でる。
「そうかもしれませんね」
道が知られれば、
知らない者が通ることも増える。
それ自体は、おかしなことではない。
「人が通るための道じゃ、
増えるのは悪いことではなかろう」
「そうですね」
俺は頷いた。
「おっ、そうじゃ」
シラガが声を上げる。
「カナメ殿、帰りに魚を持っていかぬか?」
「魚?」
「昨日、名張川で獲れたんじゃよ」
「ああ、例の野盗どもか」
三野から来る途中の、
名張川で、見かけたのかもしれない。
「今は名張の人ですよ」
「そうだったな」
カナメは、一度だけ黙り。
小さく笑った。
――――――――――
しばらくして。
三野の者たちは、
来た道を引き返していく。
三野から荷を運んできた背負籠。
帰りには、煙の匂いをまとった、
ヤナセの魚が入っていた。
「じゃあ、また、一巡りの後にな」
カナメが手を上げる。
次に来るのは。
今日より、
ずっと大きな荷だ。
魚を載せた籠を揺らしながら。
三野へ続く道の向こうへ、
その人影は、小さくなっていった。




