第百六十八話 青山編:それぞれの道
「役についてる者たちの、
その、処遇についてなのじゃが……」
俺の顔を見るなり、
シラガは、そう切り出した。
イワホコから話を聞いたあと、
俺とイミコは、シラガのもとを訪れていた。
「イバラさんたちですよね」
「新しい環濠も形になってきたし、
そろそろ、先を考える頃かと思ってのう……」
「結局、誰一人として、
逃げだす者はいませんでしたね」
「収穫祭では、イワホコに怒鳴られながらも、
まじめに働いておったのう……」
猪を抱えて、あっちへ、こっちへ。
怒鳴られながらも懸命に働く姿は、
村中の目に映っていたはずだ。
「わしは、もう十分だと思うんじゃが」
「そうですね、彼らのしたことが、
決してなくなるわけではないですけど」
「そうじゃのう」
シラガは静かに頷いた。
過去を無かったことにしてはいけない。
けれど、罰し続けるだけでは、
なにも終わらない。
「それでは、皆さんと、
一度話してみましょうか」
――――――――――
名張の環濠から、北へ。
名張川の手前。
以前に、三野からの襲撃に備えて、
防衛柵を巡らせたあたり。
「見事なものですね」
土と、草しかなかった場所に、
今では、深く掘られた濠が土地を囲んでいた。
環濠の内には竪穴が作られており、
新しい木の柵が、環濠の周囲を守っている。
「すん、すん……わぁ、土の匂い……」
掘り返されたばかりの土からは、
まだ、湿った匂いがした。
「形だけなら、十分に環濠ですね」
ただ、ここで暮らす者は、
まだいない。
「おいおい、次は、一体なんだ……」
「また、なんかあったのか?」
シラガに呼ばれた男衆たちが、
手についた土を払いながら集まってくる。
その先頭は、野盗時代からの頭領。
イバラである。
「よく、ここまで作ったもんじゃのう」
シラガは、新しい環濠を見渡す。
「まあな」
イバラが鼻の下を擦る。
「へ、へへっ……」
ほかの男たちも、
少し照れたように笑っていた。
「で、今日の話というのは、
おぬしたちの役についてなのじゃが」
瞬間、笑いが消える。
「役、ああ……そうだったな……」
イバラが小さく呟く。
まわりの者たちは顔をうつ向かせていた。
「その終わりについて、
皆と、改めて話合おうと思ってのう」
「……は?」
イバラが、ぽかんと口をあけていた。
「終わり……って?」
ノギたち、後ろの男衆も、
それぞれが互いの顔を見合わせる。
「じゃあ、もう働かなくていいのか?」
誰かが、おそるおそる口を開く。
「馬鹿者」
シラガが睨む。
「働かぬ者に食わせる飯などないわ」
「……だよな」
小さな笑いが起こった。
「役として働くのを、
そろそろ、終えるということじゃ」
シラガは、まわりの一人一人の目を見渡す。
「そうなれば、おぬしたちを、
名張へ縛るものはなにもなくなる」
そこで一拍。
「出ていきたければ、出ていくがよい」
「…………」
今度は、誰も言葉を返せなかった。
役を課せられ、
縄を外された時とは違う。
やろうと思えば、
あの時にも逃げることはできた。
あの時、役を捨てて逃げれば、
失うものも大きかった。
だが、今度は違う。
本当の自由だ。
どこへ行こうと、
誰にも引き止められない。
「これからどうするかは、
みなさんが自分で決めてください」
呆然とする男衆たちの前に出て、
俺は、声をあげた。
「自分で決めろったってな……」
イバラは、そんな俺を一度見てから、
ゆっくり周囲を見回した。
自分たちで掘った濠。
土を運んだ道。
何度も手を入れてきた竪穴。
そして、泥の残る自分たちの手。
それから、もう一度、
新しい環濠へ目を向ける。
「出ていけと言われてもな……、
また、山に戻るか?」
ぽつりと、誰かが呟いた。
「やだよ、いまさら……」
ぽつり。
「また、人から奪って生きるのは……」
ぽつりと声が続く。
「俺様は、ここに残る」
まず、イバラが答える。
「お、俺も……名張に残りたいです」
そのすぐ後に、ノギが続いた。
「今さら、どっかに行けって言われてもな」
さらに一人。
「せっかく、ここまで掘ったんだしな」
また一人と、声が続いた。
誰も、名張の外へ向かおうとはしなかった。
「そうか」
シラガは、
それだけ言って頷く。
それから。
「なら、そういう方向で、
環濠の皆と話合ってみるかのう……」
「いいのか?」
おもわずといった様子で、
イバラが聞き返す。
「残ると、自分で決めたのであろう?」
「そりゃそうだがよ」
「きちんと働くんじゃぞ、
自分たちだけではなく環濠のために」
「…………」
イバラは顔を上げて、
シラガの目を、まっすぐ見据えて。
「……わかった」
はっきり、そう答えた。
まわりの者たちも、
皆、静かに頷いていた。
――――――――――
それからの話は早かった。
これまでの働きを見てきた者たちから、
強い反対の声は、上がらなかった。
これまで、静かだった新環濠が、
一気に騒がしくなる。
「おい! その土器はこっちだ!」
「それは俺のだぞ!」
新環濠に。
土器や筵、藁や薪が、
次々と運び込まれていった。
そんな様子を眺めながら。
新しい環濠の縁を、
俺は、ゆっくりと歩いていた。
「……にぃに?」
「ちょっと見てるだけだよ」
イミコも、隣へ、
ちょこんと並んで歩く。
濠の底には、
細い水が流れていた。
本環濠ほどの水は、まだなく。
川からの引き込みが足りていない。
ところどころ、
湿った土が顔を出している。
それでも。
その細い水の流れは、
より低いところを探しながら。
ゆっくりと、先へ進んでいた。
そんな時。
「火、ついたぞ!」
環濠の中から声があがった。
俺は振り返る。
さっきまで、
誰も暮らしていなかった竪穴から。
細い煙が、一本。
秋の空へ、
ゆっくりと昇っていた。
ああ――
昨日まで、役として、
環濠を作ってきた者たちの暮らしが。
今日、ここから始まるんだな。




