第百六十四話 青山編:腹のウチ
青山の為吾との、
話し合いが終わった帰りみち。
森のなか。
木々の隙間から差しこむ日は、
来た時よりも傾いていた。
「そっちだ、クロ!」
ハヤトの声が響きわたる。
がさがさと茂みが揺れると、
一匹の兎が、木々の間を駆け抜けていった。
「クゥッ!」
その後ろを追いかける猟犬のクロによって、
茂みの葉が舞いあがる。
「わぁ、クロ、はやーい!」
イミコが楽しそうに声をあげる。
そんな、ハヤトたちの狩りを眺めながら、
俺たちは三野へ続く山道を下る。
「クロも、ハヤトさんも、
やっぱり動きがすごいですね……」
俺には、到底真似はできないだろう。
「あまり時間かけるなよ」
タケは、すこし先を歩いていた。
「すごいね、ハヤトと、クロ、
あの兎さんを捕まえれるのかな」
目をキラキラと輝かせながら、
イミコは、隣を歩く。
行きの登り道に比べれば、
俺たちの足にも、まだ余裕があった。
――――――――――
「でも、よかったね」
「ん?」
「おはなし、かんたんに、おわって」
「言うほど簡単でもねえけどな」
タケが鼻を鳴らす。
「そうなの?」
イミコが首を傾げた。
「あのひと、いっぱい、
おはなししてくれたよ?」
「そうだね……」
たしかにアボは、
いろんなことを話してくれた。
「でも、青山自身のことは、
ほとんどなにも話してないんだよ」
「……え、そう?」
「結局、青山の環濠がどこにあるのか、
わからず仕舞いだからね」
少し先で。
タケが、足元の小石を、
斜面へ蹴り落とす。
「他所の話ばかりして、
自分の腹ん中を見せねえやつを……」
転がる石を見送ったまま。
「簡単に信用するな」
「そうですね……」
アボが、何を考えているのか。
その腹の内までは、
最後まで見せてくれなかった。
「それでも、
約束はしてくれましたから」
「信用とは別だぞ」
「でも、交わした約束まで、
疑う必要はないとも思ってます」
「……ふん」
タケは前を向いたまま、
それ以上は何も言わなかった。
「まあ、向こうだけじゃないですけどね」
タケが、ちらりとこちらを見る。
「俺たちだって、
全部を話したわけじゃないでしょう?」
「当たり前だ」
アボたちも、俺たちも、
互いに相手を見定めるための初接触なのだから。
「今は、これで十分だと思います」
「……そうかよ」
祖を同じとする古い者同士、
もっと親しみを感じるとも思ったのだが。
いや、だからこそ、逆にか――
「にぃに」
「ん?」
イミコは、難しそう顔をしていた。
「おはなしって、むずかしいね」
「そうだね」
俺は、思わず笑ってしまった。
そんな時。
「おいっ! 行ったぞ!」
遠くから、ハヤトの声が聞こえた。
手前の茂みが大きく揺れ。
さっきの兎が、
俺たちの前を横切っていく。
「あっ!」
兎はクロを振り切り、
木々の奥へ駆け込んでいった。
「あー……逃げられましたね」
「はっ、はっ」
枯れ葉を踏み散らしながら、
息を弾ませたクロが戻ってきた。
「クロ、おつかれさま」
イミコが、よしよしとクロの身体を撫でる。
「腹の探り合いをしてたら、
そろそろ、腹も減ってきたな」
タケが、自分の腹を軽くさする。
その瞬間。
木の幹の影から、
すっと人影が立ち上がった。
「あっ」
カゲハだった。
一気に伏せていた身体を起こすと、
通りかかる兎へ、その腕を振り下ろす。
次の瞬間。
どさっと、土の上に兎が転がった。
「お見事」
おもわず声が出た。
何でもないといった様子で、
カゲハは、仕留めた兎を拾い上げる。
再び、山道を歩きながら。
「きょう、これ食べるの?」
「そのつもりだ」
「クロも、たべる?」
「ワフッ!」
「すこしだけですよ」
ハヤトは、クロの頭を撫でる。
イミコは、カゲハの手に揺れる兎を、
まじまじと眺めながら。
「でも、やっぱりよかった」
「なにが?」
「けんか、しなかったから」
「……そうだね」
俺は、イミコの小さな頭を撫でた。
――――――――――
俺たちが山を下りきると。
木々の向こうが開け、
三野の環濠が見えてきた。
環濠広場に立つ日時計は、
朝よりも、ずっと長い影を地面へ伸ばしていた。
「戻ってきたぁ!」
イミコが、ぱっと走りだす。
「無事に戻られましたか!」
三野の橋では。
昨日、俺たちを三野まで案内してくれた、
若衆のひとりが見張りに立っていた。
「……それは、なんです?」
カゲハの手元へ目を留める。
そこに、イミコは満面の笑みで答えた。
「今日のごはん!」




