↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
卑弥呼転生 ~妹を女王に、現代知識で邪馬台国を作る~  作者: 露李鈴
| 秋:八章「名張の実り」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
167/230

第百六十三話 青山編:「伊賀須知之稲置」と「大彦命」

「ナギトは、元気にやってましたか?」


「彼なら、名張と三野の道で、

 行商に励んでました」


「相変わらずだのぅ……」


 アボの声には、

 先ほどまでの重さがなかった。



「昔から、外にばかり興味を持つ、

 環濠の変わり者でな……」


「今でも顔をみせるんですか?」


「ふらりと立ち寄っては、

 旅先の物を置いていく程度にな」


 そこまで言うと、アボは、

 俺の手元にある石包丁に視線を戻す。


「青山で、あやつを慕わぬ者はおらぬよ」




「その、青山というのは……、

 この辺りに暮らす者を言うのですか?」


 名張や、三野は、

 環濠を軸に分かれている。


 では、為吾(いが)は、なにを境にして――


「正しくは、このあたりの川ですな……」


 なるほど。


 生活を支える川ごとに、

 その集団が分かれているのか。




「なら、柏尾(かしお)は?」


 その名を出した瞬間、

 カゲハが、わずかに目を伏せる。


「青山より、さらに山の奥で、

 別の川筋のもとに暮らす古い者たちだ」


「古い……?」


「我らよりも、ずっと昔から、

 為吾(いが)に根を張ったと言われておる」


「なるほど……」



「さらに、為吾(いが)を北へ抜けるなら、

 城之越(じょうのこし)は避けられぬでしょうなぁ……」


「それはなぜだ?」


 タケが問う。


「山と谷が狭まり、あそこが、

 北への要地を押さえておるのでな」


「ゆえに強い、か」


「さよう」




「して、その先の依那古(いなこ)は、

 為吾(いが)のなかでも勝手が違ってのぅ」


 アボが額に手をあてる。


「山よりも平野に広がり、

 田畑の豊かな者たちなのだが」


「ふむ」


「阿閉(あとじ)との繋がりも太く、

 他の為吾(いが)とは比べものになりませぬ」


「阿閉(あとじ)か……」


 タケが鼻を鳴らした。




「また、今は消えてしまった者たちも、

 なかにはおりましてな……」


「……まさか、須知(すち)か?」


 タケが小さく呟いた。



「知ってるんですか?」


「那婆理(なばり)の民に伝わる昔話でな」


「さよう、須知(すち)は、この辺りでも、

 最も古い筋と言われた者たちであり……」


 アボが、遠くを見るように目を細め。


「その祖となる者たちが、

 この辺りを『為吾(いが)の山』と呼んだのじゃ」


 アボは、大きく溜息をこぼした。



「為吾(いが)の、山……」


 青山(あおやま)、柏尾(かしお)、城之越(じょうのこし)、依那古(いなこ)。


 そして、今は失われたという須知(すち)――


 それらが暮らす山や谷を、

 外部がひとまとめに「伊賀」と呼んでいたわけか。




「我ら那婆理(なばり)や、三野も、

 須知(すち)と祖を同じくすると言われてる」


 タケが、隣で声をあげた。


「そのとおりじゃ」


 アボの言葉に熱がはいる。


「伊賀須知之稲置(いがのすちのいなき)――

 我らの祖は、そこからはじまっており……」


「そこに、阿倍からの名張や、

 阿閉(あとじ)の息のかかった城之越(じょうのこし)や、依那古(いなこ)たちが、

 あとからやってきたのだ」



 * * *


 なるほど。


 以前、シラガは「大彦命(おおひこのみこと)」の筋と名乗った。


 つまり、このあたりでは。


 伊賀須知之稲置(いがのすちのいなき)――

 大彦命(おおひこのみこと)――


 それらの、ふたつの古い筋が、

 重なりあっているのか。



 ナバリの地では、

 須知(すち)に連なる古い「那婆理(なばり)」と、

 あとから入った「名張(なばり)」が、


 すでに、ひとつの新しい形となり。



 対する、イガの地では、

 須知(すち)に連なる古い「青山(あおやま)・柏尾(かしお)」と、

 あとから入った「城之越(じょうのこし)・依那古(いなこ)」が、


 いまだ、別々のまま――


 * * *



「那婆理(なばり)と、為吾(いが)は、

 似た境遇にあるのですね」


「その結果は、まったく異なっておるがの」


 アボは、今日、何度目かのため息をこぼした。




「さて」


 タケが大きく声をあげる。


「為吾(いが)の昔話も面白いが、

 肝心の話が、まだ終わっておらんぞ」


「おっと、これは失礼した」


 アボが姿勢を正す。



「では、青山の者は、

 名張と三野の道へ手を出さぬとしよう」


 アボは、そう言って軽く頭を下げた。


「ならば、青山が行商に来たとき、

 我らが名張は客として迎えましょう」


 俺も、頭を下げて返す。



「市庭とやらのほうも?」


「タケさん、いいですよね?」


「当然だ」


「では、そのようにいたしましょう」


 アボが両膝へ手を置いた。



 ナギトの石包丁のおかげか、

 話は、すんなりとまとまった。



 だが、青山と道が繋がったわけではない。


 たがいの状況を確かめあって、

 ひとつの約を交わした。


 それだけ。


 だが、今は、それで十分だった。




――――――――――


◇【アボ】視点◇



 無事、話し合いを終えた名張の者たちが。

 山道の向こうへと消えていく。



「もうよいぞ」


 我の声に、木々の影から、

 一人、また一人と男たちが姿を見せた。



「頭(かしら)ぁ……、

 あれで、よかったんですか」


 アバネが、頭を掻きながら声をあげる。


「何がだ」


「名張や、三野なんかと、

 あんな約を取り交わして……」


 そこだけ一段、声を潜めていた。


 まわりには青山の者だけだというのに、

 あいも変わらず真面目な男だ。



「城之越(じょうのこし)からの伝もあったはずですが」


 アガミも、怪訝な表情を浮かべていた。


「城之越(じょうのこし)が、なんと言ってきたか覚えておるか?」


「山の動きに目を配っておけと……」



 我は、名張の童たちが消えていった、

 道のさきへ目を向ける。


「ほれ、目を配っているではないか」


「しかし――」


「我らは、城之越に従った覚えはないが?」



「……まさか、名張に付くつもりですか?」


 アバネが声をあげる。



 若いのう――


「答えを、急(せ)いてはいかんぞ」


 青山は小さい。


 城之越(じょうのこし)ほど人もおらず、依那古(いなこ)ほど田も豊かではない。


 だからこそ、

 慎重でなければならぬ。



「確かに面白い童ではあるがの」


 ナギトが石包丁を渡した童。


 その見立てを無下にする必要もあるまい。


 あれだけ道筋を教えたのだ。


 あとは、あの童たちが、

 どこへ歩くか見ておればよい――



「今は、静かに見るのだ」



「誰が残り、誰が滅び、

 その先に何が生まれるのか……」


 青山が道を選ぶのは。


 そのあとでよい。


「伊賀須知之稲置(いがのすちのいなき)」は『古事記』に見える古い氏族名。

「大彦命(おおひこのみこと)」は『日本書紀』で、阿倍臣・阿閉臣・伊賀臣などを始めとした「七族の祖」とされる人物です。


本作では、それらの系譜をもとに物語として再構成をしています。


また「為吾(いが)」は『魏志倭人伝』の「為吾国」から着想した本作独自の表記です。


後世の『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』(平安時代の辞書)に伊賀を「以加」と記す例があり、まだ、漢字表記の定まらない古代の「音と表記の揺れ」を物語へ取り入れています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。